刊行記念スペシャル対談
山田孝之(俳優)
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長尾謙一郎
吉田大助=文 木村心保=撮影
『クリームソーダシティ』の世界観と絶妙な距離感を保ちつつ同じ表現者としての共感、称賛をコメントに込めてくださった山田孝之さんを、長尾謙一郎さんとの対談にお招きしました。リスペクトしあうふたりの表現者の話題は、『クリームソーダシティ』から互いの表現やスタンス、これから……と移り、凄まじい濃度に!
ふたりの出会い
―――今春放送の『山田孝之のカンヌ映画祭』(山下敦弘・松江哲明監督)を観た人にとっては夢のツーショットが今、実現しています。映画プロデューサーとなって自作をカンヌに送り込むと意気込んだ山田さんが、短編映画のイメージボードの制作を長尾謙一郎に依頼した。番組の中では「絵を購入するほどのファン」で、以前から親交があったというナレーションが入っていますが、出会いのきっかけとは?
山田 何年か前に、長尾さんの『クリームソーダシティ』を、知り合いの方に勧めてもらったんです。読んだら衝撃を受けて、その方に「すごく面白いです」って言ったら「気に入ると思った」って。しかも、未完じゃないですか。余計気になっちゃって、ちょうど長尾さんの個展とトークイベントがあるということだったので、行ってみようってなりました。
長尾 宇野亞喜良さんとのトークイベント「悪魔について話そうよ」(2014年8月16日)ですよね。ヤバイでしょう?(笑)原宿のVACANTって、結構広いじゃないですか。でも、山田さんが会場に入ってきた時はすぐわかりましたよ。やっぱりスターなんだなと思いましたね。ピンスポットがパシーンと当たっていた。で、その後ちょっと飲みに行って。その時に山田さんが、「プロデューサーをやりたい」って言ってたんです。『カンヌ』をやるって聞いた時、「それでこうなったんだー」って思ったんですよね。
山田 あっ、それは昔から興味があったことです。ここ10年くらい言ってます。
長尾 そんな前からだったんですね。『カンヌ』の中でもおっしゃってましたけど、業界に対しての不満、フラストレーションみたいなものってありますか?
山田 そうですね。ただプロデューサーになりたいっていうことじゃなくて、俳優としてやってきた中で、業界に対して疑問に思うこととか、改善しなきゃいけない部分とかっていうのが見えてきたので。いろいろと勉強してきて、今やっとって感じです。
長尾 実際、今、プロデューサーをやられてますよね?
山田 そうですね。いろんな方と組んで教えてもらいながら、もう作っていってますね。脚本も20稿ぐらいまでいってるんですけど、シーン1からラストシーンまで、一言一句プロジェクターに映して、ああしようこうしようとみんなで話し合ってます。
長尾 言ってくれれば絵コンテ、描きますよ?
全てのきっかけは、
ハワイとマルクス
――― 連載誌『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)での打ち切りが発表されて、コミックス第2巻が刊行されたのは2014年6月。その後、クラウドファンディングのプロジェクトを経て、描き下ろしの最終話を含む『クリームソーダシティ 完全版』がこのほど刊行されます。このタイミングで完結版を出そうと思った動機とは?
長尾 動機はやっぱり、物語を完結させたかったからです。でも、未完という状態にも魅力を感じていたんですよね。漱石の『明暗』みたいな、物語が気化したような感じ。読み手が各々続編を夢想する状態。実はそういう作品を描くのが夢だったんです。でも、実際その夢が現実化したら、そんなに気持ちのいいものでもなかったですね。
山田 『クリームソーダシティ』を読んだ後、長尾さんの他の作品をバーッと買って読んだんですけど、どれも最後まで読んでいないんです。途中までで止まっちゃっている。『クリームソーダシティ 完全版』で初めて、終わる瞬間に立ち会ったんですよ。見ちゃったな、と思いました(苦笑)。でも「全部終わった」というよりは、「全部が壮大な映画の予告編のようなものだった」という感じがしました。
長尾 嬉しいな。山田さんには、下描きの状態で読んでもらっているんですよね。最終章(ラストシークエンス)で総理大臣を暗殺するシーンがあるんですけど、下描きを描いている時からなぜだか「これはセックスだな」と思いました。日本列島とのセックス。(笑)決して政治的な感情の無い純粋な気持ちです。描いていて自分でも気持ち良かったです。本になったものを読んでもらえると、きっとあのシーンにものすごい快楽を感じると思う。
山田 そもそも、長尾さんが『クリームソーダシティ』を描こうと思ったきっかけって何だったんですか?
長尾 最初はね、宇野亞喜良さんがある日突然、ハワイの『ロイヤル・ハワイアン』ってホテルの写真集を見せてきて「好きでしょ?」って。宇野さんに言われた半年後に僕、新婚旅行でまんまとそこに行くんです。まるで導かれるように。宇野さんって予言的な事をよく言うんですよね。次に、『スピリッツ』の編集長に「マルクスどう?」って言われたんですよ。『資本論』を書いて、共産主義の大元の思想を作ったりした人ですね。「わかりました!」なんて言って本屋さんでマルクスの本を買ったんですけど、分厚くて読めない。まあいいか、自分の勝手なマルクスを創ればいいやと思って図書館で勉強してたらマルクスって哲学をやる前は美術(動物芸術論)を勉強してたんですね。芸術をやってた人なんですよ。芸術の根本っていうのは、騙すとか引っくり返す、ようは革命なんです。マルクスは共産主義を本気で提唱してるんじゃなくて、芸術として地球を転倒させたんだと考えたんです。それならわかる!ってね。まあ、そこに突然「小室哲哉ってなんだったのだろう?」みたいな気持ちがわき上がり(笑)。
山田 作中では名前を伏せているのに、今思いっきり言いましたね(笑)。
長尾 それらがミックスされて。当時(2015年)小室さんの音楽に20年遅れでどっぷりハマってしまいました(笑)。アムラーみたいな娘いいよね?って(笑)。
不安を抱きながらも
怖がらず、打つ!
山田 面白い漫画って、伏線の回収がうまいかどうかな気がするんです。でも、最初から全部考えてる人なんていないじゃないですか。一手を打ってみて、「これをどう展開できるか」と拡げて繋げていく。それがうまい人が、面白い漫画を描く。とはいえ、ある程度回収できる範囲で普通は打つんだと思うんですけど、長尾さんはそこを全く考えず、怖がらずに打つんだろうなという感じがするんです。「ええっ、そんなことしてどう回収すんの後で!?」の連続なんですよ。
長尾 確かに、自分でもヘンなことをやってるなって思う時はありますね。不安だなって感じる時もありますよ。でも、「ここにこの手を打ったらどうなるんだろう?」というところにすんごいワクワクしちゃうんですよ。その手を打ったらこの先どうなっちゃうんだろう、という恐怖との戦いです、毎回毎回。
――― 例えば、どんなエピソードですか?
長尾 「ニック・アンド・スティーブ・ショー」とかね(完全版第6話)。それまでまったく登場していない白人がふたり出てきて、漫才みたいなことをするっていう。
山田 この回は、わかりやすくぶっ飛んでますよね。
長尾 当時の編集者から、「さすがにこれは俺、責任持てないよ」って言われました。「これが重要なんですよ~」なんて言ってたんですけど、全然重要じゃなかった(笑)。でも一応ね、自分の中では個人的な理屈はあるんですよ。全てのシーンを説明できますよ。でも、そんなこと言ってもしょうがないから別にいいかなって。
山田 僕も聞きたくはないです(笑)。答えを出しちゃうのはもったいない。
――― 山田さんが特にお気に入りのシーンはどこですか?
山田 どことは言いません。この対談を見て『クリームソーダシティ』に興味が湧いた人は、僕がはっきり「ここに共感した」と言うよりも、「どこなんだろう?」って推理してもらったほうが、本を読んでいて面白いと思うんです。
長尾 すごいなあ、山田さんは。スターの返しだよね。俺なら言っちゃうなあ、「ここだよー!」って(笑)。
――― 実は、山田さんの初エッセイ集『実録山田』(2016年3月刊/ワニブックス)を読んで、長尾作品と通じるものを感じたんですよ。現実から妄想世界にジャンプして、着地してみると全然別の場所にいるという、飛んじゃう感じが。
山田 あの本の飛ばし方なんて、『クリームソーダシティ』に比べたら全然ですよ(笑)。あの本は、すげえ馬鹿げた『インセプション』がやりたかったんです。「今どこにいるんだっけ……?」という。
長尾 山田さんにもメールしたけど、超一級のコメディ文学だよね。ウディ・アレンの『これでおあいこ』とか『羽根むしられて』を思い出しました。あの本なんてまさにそうだけど、山田さんはどれぐらいから、俳優だけではなくて、カオスみたいなものを表現したいと思い始めたんですか? 山田孝之=怪優=ちょっと変なことをする人、みたいになったのはいつぐらいからですかね。
山田 周りから見ていつからなのかはわからないんですけど、自分としてはかなり早い段階からそういう気持ちがあった気がします。誰しもみんな、やりたいことっていろいろあると思うんですよ。でも、やらない。それは自分の主戦場、僕なら俳優として芝居をするというところを守るためには、俳優以外のことをやるのはある意味、リスクになったりするからです。でも僕は、さほど影響がないと思って、やる。他の人がやらない、突拍子のないことをやっているように周りからは見えるかもしれないけれど、僕にとってはプラスになることしかやってないんですよ。プラスにもなるし面白がってもらえるだろうということと、これをやったら僕のことを切る人は切るけど、大事な人は切らないだろうという線引きも一応しながらやっているんです。
長尾 普通はちょっと道を逸れたら、ビクビクとなって逃げる人、多いでしょうけど……。
山田 恐れがないので。
長尾 それは重要ですよね。怖がらない。そこをもうちょっと説明聞きたいなあ。
山田 説明?(笑)えーと、俳優はその人に対して抱かれているイメージが、仕事やお金のことに関わってくる。今の状態から下がることが恐怖なんだとしたら、僕は今より仕事が減ってお金が減っても、豆とか芋を食べればいいじゃんと思っているんです。それはそれで、その時なりの楽しみ方だったり、手に入ってくるものがあると思う。だから自分に対するイメージなんて変わったっていいし、俳優としての今のポジションなんか別にどうだっていい。今の状態をキープしたいって考えるほうが、人生つまらないんじゃないかなと思うんです。
長尾 「恐怖を乗り越える」って「言語」と関係があるんですよね。お話伺っていると、山田さんはそこをわかってるよね。
ファンや読者を
「ふるいにかける」
――― 長尾さんは映像作家としても活動されていますが、『映画 山田孝之 3D』(山下敦弘・松江哲明監督/6月16日より公開)では「芸術監督」として関わったそうですね。
長尾 今日はあの映画の話もしたほうがいいのかな?
山田 あれに関しては基本的に、取材は受けていません。
長尾 そうなんですか!?
山田 『カンヌ』も『赤羽』(ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』)もそうですね。観ている人たちは「本当はどうなんだろう?」って思う部分がある作品じゃないですか。現実って嘘みたいなことが偶然起きますし、その逆もある。だから、全てを伝えるってことはしないです。
長尾 そう言えば、描き下ろしの最終章を描いてるうちにだんだんTAKO介が、山田さんに似てきたんですよ。横顔とかね。髭も生えてきて。全国の山田孝之ファン必見ですよ?(笑)。
山田 編集で僕の顔を見過ぎて、焼き付いたんじゃないですか(笑)。
長尾 たぶんそうだと思う。でも精神的にはね、山田さんはTAKO介よりも皇センパイに似てるんですよ。そうでしょう?
山田 あそこまで悟れてないです(笑)。あそこまでになっちゃったら、どこで生きていけるのかと思いますよね。微妙な危機感とか不安があった方が楽しいじゃないですか。僕も「今あるものなんてどうでもいい」みたいなことは常に思いますが、そうは言っても多少の不安は常にあるわけで、あるから楽しめていると思うんです。心から「大丈夫、大丈夫」で進んでしまったらたぶん、楽しくない。「本当に大丈夫なんだろうか?」「どこまでだったら大丈夫なんだろうか?」という匙加減は常に測っておかなきゃいけないのかなって。
長尾 「これで大丈夫か?」という葛藤って、どのぐらい自分の中で話し合うんですか。
山田 そんなに深くはしないですね。こうなったらこうなるかな、もしくはこうなるかな、と。そうならなくても、こう動けば回収できるな、と。そのぐらいです。
長尾 自分のことを冷静に客観視していますねぇ。でも、賭けるというか、自己破壊的なことをする時もあるんじゃないですか?
山田 さっき長尾さんが「全国の山田ファン」という言い方をされましたけど、そんなものはほぼいないんです。数十人はいると思いますが、基本的には一過性の人たちばっかりで。僕、ちょいちょいふるいにかけるんですよ。なんとなく流れでついてきた人が増えてきたなぁとなった時に、それまでのイメージとはちょっと違う仕事をして。目の粗いざるに乗せて、バーッと振る(笑)。落ち過ぎたら「やりすぎたな。次はこうしよう」と。
長尾 普通の作家とかタレントって絶対、ふるいにかけないですよね。その感覚って実は僕もわかるんだけど、これって何なんでしょうね。いつも前作の読者が読まないようなものを描いてしまうような感覚。
山田 寂しがり屋なんじゃないですか。構ってほしい。「本当の自分を知ってほしい~~!」というか。何度もふるいにかけて、それでもずっと残っている人たちは、僕よりも僕のことに詳しいんですよ。そういう人たちってやっぱり、面白いですよね。
嘘で得た影響力を、
いいことに使う
――― 今日お話を伺ってきて改めて思ったのですが、おふたりは作品によって、現実を変えたいみたいな気持ちってどこかにあったりしませんか?
長尾 その話をするためには、そもそも現実ってなんだろう、って話をしなきゃだよね。
山田 今ここでしゃべってるっていう現実も、これが記事になって世に出る時は、校正が入ったり原稿チェックで直しが入ったりして、今の現実とは違うものになる。それって、世界で起きていることでもありますよね。メディアの情報なんて簡単にいじれるわけで。本当の現実、真実を知りたいっていうみんなの気持ちはわかるんですけど、どうせ知ろうとしたって知れないわけだし。
長尾 そうなんですよね。真実って、自分で選び取ったひとつの現実でしかない。人に選び取ってもらおうとする人も多いけどね。
山田 俳優をやっていてよくあるのは、時代劇とかで実在した人物を演じる時に、歴史が好きな人たちは「史実とは違う」「そんな人ではなかった」と言うんですけど、今生きている人で、本人に会ったことがある人なんていないじゃんって。知らないじゃんって。ましてや歴史なんて、勝者が勝手に作ってきたものですし。だから僕は、歴史自体は好きなんですけど、作品のための調べものをする、みたいなことはしないんですよ。脚本の中からくみ取れるだけでくみ取って、この人はどういうポジションでいるべきかっていうことを考えて、キャラクターを作るんです。
長尾 空海っていうお坊さんがいるんですけど、あの人、無名時代に遣唐使として中国に渡るんですね。辿り着いたお寺のトップのお坊さんに、「お前が来るのを待っていた! 今から全てを教える」みたいな感じで、密教の奥義を受け継いだんです。中国で箔を付けて帰って来て、日本で仏教を広めたっていうのが歴史として残ってるんだけど、「もし嘘だったらどうする?」って思うんですよ。だって、誰も証明できないじゃん。「お前が来るのを待っていた!」って呼ばれて全てを教えてもらったなんて、これさ……。
山田 嘘っぽいですね(笑)。
長尾 嘘っぽいでしょ(笑)。でも、そういう嘘って大事なんじゃないかなと最近思ってるんだよね。一世一代の嘘。芸術とも言える。
山田 その後で何をしたかですよね。空海は調べたことないんでわからないですけど、嘘をつくことによって得た影響力をいいことに使ったのであれば、その嘘は必要な嘘だったってことになると思います。
長尾 即身成仏。いまだに空海は生きている設定らしいです(笑)。しかも、扱いは相変わらず日本の精神の最高峰的存在ですよね。山田さん、次は空海を演ったらいいんじゃないですか? どうですか?
山田 ちょっと余裕がある時に調べてみます。
長尾 山田さんが今後、どこまでいくのか楽しみですね。
山田 いつ死ぬかわからないので、すごく先までは考えていません。ただ、道が外れたとしてもある程度方向を定めておけば、いつかはやりたいこと、なりたい自分にたどり着くのかな、と。
長尾 山田さんとまた何かやりたいですね。いえ、やります(笑)。いずれ山田さんに『クリームソーダシティ』を映画化してもらって、カンヌを獲るでしょう!
山田 ……もうちょっと余裕がある時に考えさせてください(笑)。
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『クリームソーダシティ
完全版』著: 長尾謙一郎
発売: 2017年6月13日
仕様: A5、ソフトカバー、560ページ
価格: 1,980円(本体1,800円+税)
ISBN: 978-4-7783-2283-0
*全国書店&通販サイトで好評発売中
プロフィール
長尾謙一郎
(ながお・けんいちろう)
1972年愛知県生まれ。アーティスト。
漫画、映像、アートディレクション、絵画、イラストレーション、アニメーション、音楽、文章など、活動は多岐にわたる。漫画代表作に『おしゃれ手帖』『ギャラクシー銀座』(ともに小学館)、『バンさんと彦一』(太田出版)、『PUNK』(白泉社)など。
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