『鋼鉄地帯』刊行記念
西澤丞インタビュー
聞き手:編集部
「日本の現場」に撮影を続ける西澤丞さんが、
このたび製鉄所を舞台にした写真集『鋼鉄地帯』を刊行しました。
仕上がりを確認するための印刷立ち会いを終えた西澤丞さんに、
今回の写真集にこめられたお気持ちをうかがいました。
『鋼鉄地帯』にこめた想い
- 印刷所の担当者(奥)と、
仕上がりについて検討する西澤丞さん(手前)
――――― 印刷の立ち会い、どうもお疲れさまでした。
西澤 お疲れさまでした。
――――― では、インタビューに入りますね。まず、『鋼鉄地帯』というタイトルの由来を教えてください。
西澤 製鉄所に行ったとき、ワンダーランド的な、隔絶された異次元空間のような雰囲気がありました。その雰囲気をタイトルで表現したかったんです。まわりの世界とはちがう、そこだけの「異空間」だと。
わかりやすいタイトルにする必要があったので、「鋼鉄」とか「鉄」とかそういう言葉を入れようと思っていました。それでいろいろとパターンを考えて……。
――――― 最初は横文字のアイデアもいろいろと出てました。
西澤 今回は、横文字のタイトルは採用せずに、漢字にしたんですね。「日本の現場」というシリーズをはじめるにあたって、いままでとちがうかんじを出したかったんです。
――――― いままでの西澤さんの著作は『DEEP INSIDE』 『EPSILON THE ROCKET』 『BUILD THE FUTURE』(以下、『DEEP』『EPSILON』『BUILD』)とすべて横文字です。
西澤 英語だと格好はいいんですけど、読者の方からはとっつきにくいしわからないという意見もけっこういただいたんですね。本をつくる目的は、いろんなひとに手にとってもらうことですから、そうした意見も参考にしました。日本語にすることで、敷居をさげたかった。意味合いとしては、現場でかんじたこととわかりやすさの共通項を探したというところです。
――――― いくつか取材に同行したとき、地元のタクシーの運転手さんが、あんまり製鉄所のなかを知らないということがありましたね。そういうところからも、隔絶されてる世界観があることがわかります。
西澤 そうそう。外からだと、木がまわりに植わってて、製鉄所のなかがわからない。高炉さえ見えない製鉄所もあります。海側から見れば見えるけど、道路沿いからだと見えない。それが、ぼくにとっていちばん印象深い製鉄所のイメージなんです。
――――― 「日本の現場」というシリーズの第一弾ということになりますが、いままでも、西澤さんは一貫して「現場」をテーマに撮影していらっしゃいます。
西澤 そうですね、ずっとテーマとしてあります。『DEEP』という最初の本があって、じつは、5本くらい、それ以降の写真集につながるエッセンスが入ってるんです。密度をあげたらそれぞれ1冊になるな、と。『BUILD』からは、本の体裁もおなじにして、シリーズ本にしようと思っていました。事情があって今回からシリーズとして出すことになりましたが、構想としては7年くらい前からあるものです。
――――― 念願かなって。
西澤 そう。『EPSILON』もおなじ体裁です。だから、コレクションしてもらいたいですね。
撮影よりも
交渉に時間がかかった
――――― 『鋼鉄地帯』の、撮影の流れはどんなものでしたか。
西澤 現場には、ロケハンも含めて13回入りました。あの内容からしたら、これだけの撮影期間でよく撮れたなという気はします。撮りたいところをある程度絞っていたので。
――――― 太田出版に企画をいただいた段階で、最初から構成がある程度決まっていました。
西澤 工程ごとに撮ることは決めていました。それを取材先と共有するのがけっこうたいへんだったんですね。ぼくはどちらかというと、上工程をたくさん撮りたかったんだけど、その時間は今回すくなかった。原料ヤードとか。もうちょっと時間があれば……という想いもあります。
――――― 案内のひとが、ちょっと引いてたんですよね? 鉄鉱石の山に喜々として登っていく西澤さんを見て……。
西澤 引いてない、引いてない(笑)。「ちょっとへんなやつ」とは思ったかもしれないけど(笑)。
――――― 結局、撮影より交渉の期間のほうが長かったんですよね。
西澤 はるかに長い。
――――― 撮影は2015年の9月からでしたが、その前からずっと交渉をされていました。
西澤 JFEスチールさんに行く前に、いろんなところにあたってみて、断られていますからね。
――――― JFEスチールさんの広報担当の方の協力は大きいですね。
西澤 そう。窓口が誰かで、ぜんぜん変わってきます。担当の方は、ほんとうに協力的でした。ただ、最初はちょっとちがうイメージで考えていたみたいで、ロケハンで撮った写真を見せたら、「これは、へんに口出さないほうがいいぞ」と思ったようです。企業パンフレットみたいのを考えていたかもしれません。点検中の場面を撮るとか、そういうのは頭になかったと思います。
――――― 西澤さんは保守点検の様子とか、ひとがいるところとか、そういう場面を撮りたがってましたね。
西澤 そうそう。もちろん、稼働中の様子も撮りたいんですが、そういうときは、ひとがいませんから。組み合わせないと、ひとが働いてるかんじがしない。そのへんのすりあわせが必要でした。
――――― 決まってからは、西澤さん任せになりました。
西澤 あれで諦めたんだと思います。もう、こいつに何いってもだめだって(笑)。広報担当の方が現場に配ってくれた資料には、「基本的にはこいつの自由にさせてほしい」ということが書いてありました。もちろん、安全をクリアしたうえでの話ですが。
現場ラブだもん
――――― 現場の方が親切なのが印象的で、みなさんうれしそうに案内してくださるんですよね。西澤さんも、子どもみたいに「もっと見せて」ってなるから、現場の方も乗ってきて……。撮影のテクニックじゃないですけど、西澤さんの現場への入りこみ方ってすごいと思いました。
西澤 現場ラブだもん(笑)。
――――― それで、機械とめてくれたりしましたからね(笑)。
西澤 いいの? ってなりました(笑)。でも、そういう協力がなきゃ撮れない。こういう場所の撮影は、窓口のひとにやる気があって、かつ現場の協力があってできることなんですね。そのへんがうまく回っていくまでがたいへんです。コミュニケーションがほんとうに大事なんです。こっちの意図をちゃんとわかってもらう必要がある。今回は、うまくいきました。
――――― 撮影で、なにか印象に残っていること、ありますか?
西澤 高炉の上から撮らせてくれるとは思ってなかった。4基ある高炉のいちばん南のやつで、エレベータで上まであがって、そこから撮ったんです。あのときは工場長さんが案内してくれたんですけど、余分な工事はいっさい片づけて、撮影シフトをしいてあるみたいな(笑)。手が震えました。そこまで協力的だと思ってなかった。
逆算して撮る
――――― 撮影した地区のなかでは、どこが印象的でしたか?
西澤 倉敷ですね。どこもいいんですが、倉敷の密度が好きでした。建屋と建屋が、ぎゅぎゅっとしてるかんじがしたんです。
工場のレイアウトも、地区によってちがうんですよ。福山だと、高炉が一直線に並んでるんですが、倉敷のはたがいちがいに並んでいたりして、絵的に奥行感がありました。
それと、貨車もちがうんですよ。溶けた鉄を運ぶトーピードカーという細い貨車だったり、鍋を運ぶ鍋台車だったり。鍋台車のほうが新しいんだそうです。ぼくはトーピードカーのほうが新しいと思っていたんですが。溶けた鉄を入れるのはいっしょなんですけどね。
――――― 貨車好きとしては見逃せないですね。
西澤 でもね、トーピードカーのかたちも捨てがたい。時間の関係で撮影ができず、今回の写真集には入れられませんでしたが……残念です。そもそも貨車を撮る時間がスケジュールに入ってない(笑)。
――――― 厳格にスケジュールが決まってましたから。
西澤 苦労したのは、そこですね。1時間なら1時間で、必要な写真をすべて撮らないといけない。現場の工程がそういうふうになってない場合もある。
機械がとまったりしたときに、そこで撮れなかったぶんをどこでリカバリーするか、空いた時間をどうするか、そういうことで頭がいっぱいでした。
――――― 撮影のポイントを決めたら、そこでの撮影にだいぶ長い時間をとっていたのが印象的でした。
西澤 必要なことがわかっているから、逆算して撮っているんですね。夢中になっているように見えて、計算もしてる。右脳と左脳がいっぺんに動いてるんです(笑)。時間に余裕があると、遊びのカット撮ったりもしますが。
――――― その反面、素通りというか撮らない場所もたくさんありました。
西澤 おさえているところ撮ってもしょうがないんですね。2枚あれば十分です。仮に1枚NGが出ても、1枚残りますからね。3カットはいらない。
――――― 目安としては、2カットなんですか?
西澤 そう。ちがう地区のおなじ施設で、2カットおさえることは考えていました。できないところもありましたが。
――――― NGはどれくらい?
西澤 1割くらい。まあ、そんなもんです。
製鉄所
―想像を超える場所
――――― 製鉄所は、西澤さんにとってどういう場所ですか?
西澤 でかくて茶色い(笑)。あんな鉄の塊がうろうろしているところ、日常ではないですから。製鉄所に限らないですが、非日常なんです。
ふだんの生活だと、身の回りはデザインされたものであふれていますが、ある意味、製鉄所はデザインされたものではない。機能を追求した結果として、ああいうデザインになっているんですね。それがおもしろい。
――――― 誰かに見せるという前提なしに、ああしたかたちになっているところがおもしろいんですね。
西澤 そう。身のまわりにあるものは想像の域を出ないんですが、製鉄所は、想像を超えている部分があるんです。それが刺激的です。
――――― そうした世界がこうして紹介されていくのはおもしろいですね。
西澤 そうですね、日本にもこんな場所があるんだといってくれるひとがたくさんいます。SF映画のようなかんじですね。
――――― 最後に、読者にメッセージをお願いします。
西澤 本は全国いろんなひとに届くものですね。あとがきにも書きましたが、写真を撮るというのは、料理でいうと材料を集めただけの段階です。本になって流れができて、はじめて完成なんですね。ぜひ写真集で、その完成形を見てもらいですね。