川上純子(LETRAS)=取材・構成
横田巴都未=通訳
七咲友梨=撮影
本書『トマト缶の黒い真実』は、フランスで2017年5月の刊行直後から大きな話題になり、ベストセラーになった。フランスをはじめヨーロッパ各国でも刊行され、今後も台湾など続々と出版が決定している。日本での刊行を記念し、現在次回作も準備中の著者・ジャン=バティスト・マレ氏が急遽来日。本書について、取材の裏話、ジャーナリストとしてのメッセージまで語った。
―――これまで、アマゾン・フランスへの潜入ルポや極右政党の国民戦線をテーマにしたノンフィクション(ともに未訳)を書かれていますが、なぜ今回は「トマト缶」をテーマにしたのでしょうか?
2004年にカルキス(中基)という中国の食品グループが、フランスの大手トマト加工メーカー、ル・カバノンを買収しました。わたしの生まれ故郷はフランスのプロヴァンス地方ですが、ル・カバノンのトマト加工工場もプロヴァンスにありました。買収後の2011年に、初めてその工場で中国産の濃縮トマトのドラム缶が大量に積まれているのを見たのが本書を書くきっかけです。かつてはわたしの祖母のように、地域で収穫されたトマトを使ってトマトペーストを手作りするのが普通だったのに、いまは中国からの濃縮トマトしかありません。
ル・カバノンを買収したカルキスは地元との取引をすべて打ち切り、原材料や生産に関する情報をいっさい公開しなくなりました。私もその工場に取材を申し込みましたが、拒否されました。カルキスは、中国の新疆の開発と防衛に携わる政府の兵団によって経営されています。兵団なので、経営者のリウ・イは将官と呼ばれています。なぜ中国の兵団がフランスのトマト加工メーカーに目をつけたのか? 買収は小さな記事にしかなりませんでしたが、その背景についてとても知りたくなったのです。
―――中国産の濃縮トマトが「イタリア産」として世界中に流通している事実も衝撃的ですが、本書でも書かれたトマト加工業界も含めてアグリビジネスのあらゆる分野を牛耳るイタリアの「アグロマフィア」の存在も大きいのでしょうか?
トマト、チーズ、オリーブオイルなど、イタリアの名産品はひとつ残らずマフィアの影響を受けており、グローバル化で商品が広く流通するようになったことやアグリビジネスの構造的な変革などの影響で、アグロマフィアはどんどん勢力を伸ばしています。
アグロマフィアのおもな3つの活動は、資金洗浄、産地偽装、労働搾取です。彼らは犯罪で得た金を洗浄するために、典型的なイタリア産製品のクリーンなイメージを利用するのです。レストランやピザ店、大手スーパーは、トマトソース、小麦粉、チーズなどをアグロマフィアから調達しています。報告書によると、イタリアでは5000軒のレストランがマフィアとなんらかの関係があるといわれています。質のよい製品を扱っていることも多いので、マフィアとの関係に消費者も気づきにくいのです。
イタリアでは、「カポラーレ」と呼ばれる手配師が、アフリカなど外国人やイタリア人の求職者に違法で仕事を斡旋し、彼らから手数料を取っています。カポラーレの背後にはアグロマフィアがいます。労働搾取されているなかには子供や政治犯も含まれます。
―――本書の取材・執筆には3年近い年月が費やされました。場所もヨーロッパから中国、アメリカ、アフリカまで世界中にわたっています。取材中は危険なこともあったのではないでしょうか?
実際に刊行された原書(フランス、fayard版)は300ページ弱ですが、当初は1000ページ分くらいありました。トマト加工業界について調べるため、何万キロも移動し、業界のトップ経営者から労働者や移民キャンプで暮らす日雇い収穫労働者たちまで話を聞きました。何千人ものアフリカ人が、イタリアでマフィアの支配下にある「ゲットー」と呼ばれる無許可労働者キャンプに住んでいます。そのようなゲットーにも取材で二度訪ねました。中国、天津のトマト加工工場にも行き、隙をついて立ち入り禁止の区画にも入りこんだりしました。
この本に限りませんが、そういう場所への取材のときは連続して2日以上はいないようにしています。長くいるほど目をつけられやすく、危険度も高まるので、身を守るためにその決まりを自分に課しています。そのおかげか、大きな危険にはあいませんでしたね。
―――本書ではトマト産業の大立者としてハインツを取りあげていますが、アメリカのグローバリズムはヨーロッパのトマト産業に悪影響を与えたのでしょうか?
必ずしもそう思ってはいません。本書でハインツの歴史を取りあげたのは、彼らの商業モデルに衝撃を受けたからです。いち早く合理的な経営モデルを築いた功績にもプロパガンダの巧みさにも。対立ではなく、アメリカとフランスは「違う」ということです。宗教観でもアメリカはリベラリズムを持ちこみ、フランスは批判主義を取り入れました。食事スタイルもアメリカでは加工食品を多く利用しますが、フランスではなるべく素材を活かすことが優先されます。アメリカの帝国主義への恐れがあるのは事実ですが、直接的にトマト産業への悪影響があったとは思っていません。
―――本書の刊行は、フランスやイタリアなどで大きな反響を呼びましたが、トマト缶をめぐる状況に変化はあったでしょうか?
本書籍と同時にドキュメンタリー映画も製作されました。フランスでは国営テレビ局で放映されたこともあり、本とこの映画の影響はとても大きなものでした。ヨーロッパには原材料の原産地の表示を義務付ける法律が存在しないので、中国産濃縮トマトをイタリアで加工すると「イタリア産」になってしまいます。フランスも同様ですが、本や映画の影響が大きく、販売しているトマト缶に原産・加工国の表示を自主的におこなうスーパーが増えています。イタリアでは前から別の国のトマトが「イタリア産」として売られていることを問題視する声が大きく、つい最近トレーサビリティ表示が義務付けられました。
―――本書でいちばん伝えたかったのは、どういうことでしょうか。
この本は「中国産の濃縮トマトは危ない」といった暴露本ではありません。労働問題や貧困など、読者の方にトマト缶の背後にあるものを見ていただきたいのです。少しでも社会がよくなるようにと書いたので、スーパーでトマト缶を見てそれが中国産だとしたら、そのトマトは子供が収穫したものかもしれない可能性や、アフリカの貧困層に向けて劣悪な品質の濃縮トマトが輸出されている可能性などを想像していただければと思います。
―――マレさんは現在30歳とジャーナリストとしては若手ながらすでに3冊の著作を出されていますが、ジャーナリストになったきっかけは何だったのでしょうか?
子供のころから本が好きで、トゥーロン大学では文学部で現代文学を専攻しました。チェーホフなどの文学作品のなかではいつもリアルな現実が描かれており、自分に対して「現実を見ろ」「取材をして真実をつかめ」と言われているような気がしました。それで大学時代からマルセイユの新聞に寄稿するようになったのです。学位を取るまえからプレスカードを持っていました。
大学卒業後は、リヨンの業界専門紙で記者として働き、そのときに第1作のマリーヌ・ル・ペン率いる国民戦線をテーマにしたノンフィクション(Derrière les lignes du Front 未訳)を発表しました。同じ頃にアマゾン・フランスの配送センターで5週間臨時雇いとして潜入調査し、そのときの経験をもとにした2作目のノンフィクション(En Amazonie, Infiltre dans le meilleur des monde 未訳)を刊行しました。その後、働いていた業界紙の会社はなくなりましたが、すでにこのトマト缶の本を書くことを出版社と契約しており、ローマに数カ月滞在しながら取材をしました。
―――ジャーナリストとして優先していることは何かあるでしょうか?
わたしはいつも質の高い情報を読者に届けたいと思っています。そのために最低でも1つのトピックに2年以上かけて取材し、後で読み返しても価値があるように掘り下げた内容を心がけています。フランスでもメディアの紙の生き残りは大変になっていますが、情報の質を高めることで優位性を保つことはできるでしょう。
―――ジャーナリストを目指す人にメッセージをお願いします。
私は、「見えないものを見えるようにすること」がジャーナリストの役目だと考えています。取材対象はグローバルな大きなものだけではなく、身近にある場合も多いことを忘れないでください。トマト缶をテーマにしたときも「なんでそんなものを?」と笑われたりしましたが、身近な食品の裏側にこんなに大きな問題があることは知られていませんでした。
取材対象を見つけるためには常にクリティカルな姿勢を持つことです。それはわたしのモットーでもあり、フランス哲学にも通じます。クリティカルな視点で物事を見て、その背後にある真実を突きとめましょう。深く知りたい対象や問題があれば、メディアや出版社からのオファーを待つことなく、みずから積極的に取材することです。質が高く良い情報は必ず日の目を見ます。希望を持って取材に取り組んでください。