【対談】 上野千鶴子(社会学者)×福田和香子、奥田愛基、牛田悦正(SEALDs) 対話
- 2016.07.08
- 対談日:2016年2月5日@太田出版 text:磯部涼 photo:江森康之 editorial:北尾修一
たった一人でも異議を申し立て続けること
上野 そういえば、和香子さんはインタビューでこういう話もしてたでしょう? 中学生の時、国歌斉唱を拒否したことで処分を受けて、それに対して抗議するためにずっと校門に立っていた先生がいた。声をかけたかったんだけど、周りの目を気にして出来なかったことを悔やんでいるって。
福田 してました。
上野 それって、根津公子先生のことね?
福田 知ってるんですか?
上野 会ったことはないけれど、筋の通った生き方をすごく尊敬してる。その話を知ったときに、彼女のメッセージはちゃんと受信されたんだなと思って嬉しかった。彼女が雨の日も風の日も校門に立ち続けたことは決して無駄ではなかったって。そのメッセージを受け取ったのは和香子さんだけではなくて、あの学校の生徒たちの中に、他にもいたはずよね。
福田 そうですね。その影響が別にデモっていう形で出てくる必要はなくて。
上野 もちろんそう。ひょっとしたら、「異議を申し立てたらこんな目に遭うんだ」っていうメッセージを受け取った場合もあったのかもしれないけど、それに屈さず、たった一人でも異議を申し立て続けるんだっていう姿を、あの学校の子供たちは目にしたんだよね。
福田 当時、家でそういう話(国家斉唱の義務化)をされてたぶん、「頑張ってね」ぐらいひとこと言えたじゃん? と思うんだけど……。でも、友達と待ち合わせて学校行って、彼氏と待ち合わせて学校から帰ってきてっていう中では、校門を素通りするしかなくて。それはやっぱりみんなから浮きたくない、いじめられたくないから。
上野 それでも、和香子さんには伝わったんだね。
福田 その時、自分が凄い嘘ついてると思って。素直じゃないっていうか、自分の思ってることと違うことしてるし。しかも、誰もそれを「するな」って言ってるわけじゃないのに、そういうふうにしてるのは気持ち悪いなって。例えば、北朝鮮みたいに国家に反することを言ったら連れて行かれて、二度と帰ってきませんでした、みたいなことがあるんだったら分かるけど、そうじゃないのに誰も何も言わないじゃん、みたいな。
奥田 それ、怖いよね。
福田 それが外から見てcreepyなのはとてもよく分かるんだけど。
上野 和香子さんのクラスメイトたちは根津先生のことをどんなふうに受け止めてたんだろう?
福田 「きちがい」とか何とかずーっと言ってて。仲良かった部活の友達や後輩も「なんか変なのいる。やばくない?」って。2ちゃんにスレも立ったりとか。私、ケータイ持ってなかったからあんまり知らないんだけど、みんなはその話をしてて。で、私もそういう状況を見て、「私、これ、絶対(応援の言葉を)言っちゃいけない」と思った。しょうもない学校生活を優先させたわけですよね、そこで。
――最近、国会前で先生と再会したんですよね?
福田 そうなんです。
牛田 凄い良い話。
福田 そのことについてインタビュー(『ふぇみん』2015年8月15日号)で喋ったのを読んだ、先生の知り合いのひとが、ちょうど、毎週金曜日に国会前で抗議をやってた時だったから、連れてきてくれて。
――その時、先生に直接伝えられたんですか? 声をかけられなかったことを悔やんでいたということは。
福田 うん。「伝わってて、良かった」って言ってた。ひとりにでも伝わればいいなって考えながら、毎日、校門に立ってたって。その話を聞いて、たぶん、それが教育の本質なんだろうなと思った。返ってくるか分からないボールを投げ続けるしかないっていう。でも、今の学校を見てると、結局、そういう先生ももう現場にほとんどいないし。その時の校長先生も凄い生徒思いで、いろんな対応をしてくれる人で。ただ、立場もあったのかもしれないけど、根津先生を養護学校に飛ばすみたいな処分をするしかなかったっていうことに、「うわ~なんかしょうもねえな」って思っちゃって。それこそ、SEALDsになってから帰ってきた友達も同じ。このメンタリティは絶対変わんねえなって。それを崩さないと、デモが日常になるなんて遠い話だし。
上野 それじゃあ、デモが日常になるだけでなく、日本が民主主義になるまでも遠いよねえ(笑)。
――もちろん、日本社会特有の同調圧力を解消することはとても時間がかかると思うんですが、例えばSEALDsは、家庭や学校に息苦しさを感じている若者たちが集まる第三の空間として機能していたりもするのでしょうか?
奥田 それがデモのひとつの機能だったっていうか。SEALDsを始めるときにいたひとたちって5人ぐらいしかいなくて。関わりがあるひとを含めても10人ぐらい。で、みんな、団体に所属しているわけではないから動員をかけることなんて出来ないけど、「デモをやりましょう。この日に来てください」って言ったら、当日、数百人来た。「絶対、たくさんいるだろう」っていう確信だけはあったんですよね。自分みたいに、今の社会に対して「おかしい」と思っている同世代は。でも、学校に行ってもそういうひとたちには会えない。いや、たぶん、学校にもいるんだろうけど、皆、空気を読んで黙ってるわけですよ。デモを主催して、やっと、学校のやつらが結構いろいろと考えてることに気づきました。「あ、おまえも来たんだ?」って。和香子さんの学校にも、「あの時、おかしいと思ってたんだよね」って人もいたんじゃないかな。――それにしても、みんな空気を読めって言うけど、その空気を出してる大元はどこなんだろう? って思うんですよね。
――山本七平の『「空気」の研究』(83年)のような本もありますが。
奥田 でも、正直、どうでもいい。むしろ、「こういう空気もありますってことにしようぜ」「その空気を吸ってることにしようぜ」みたいな(笑)。あえてそうすることで、新しい空気をつくりだせばいいんじゃないかって。
上野 異文化で不可解なものって怖いのよ。でも、究極を言えば、民主主義っていうのは、違うもの、理解できないものと共存することだから。そうなってないんだよね、日本は。
奥田 そうですね。だからこそ、空気をなくすんじゃなくて、「今はこういう空気なんです」っていうふうにしていく(笑)。
上野 違っていても、無視出来ないプレゼンスがあればいいのよ。
奥田 どのインタビューも、「一般的に、若者は政治に無関心だと言われますが~」っていう質問から入るんですよ。それに対して、「いや、聞いたことないな……」みたいなフリをするとか(笑)。
福田 それいい(笑)。
上野 「え、どこの話ですか?」って。フェミニズムも似たような戦略を取ってきたんだよ。例えば、「最近の女は結婚しないし、子供を産まない、どうなってんだ」って言われて、「非婚ですが、それが何か?」って言い返してきた(笑)。
奥田 だから、少なくとも「そういう風に言っちゃっていいんだ?」っていうことは世の中に示せた。それだけでも、SEALDsには意味があったのかなと思います。
上野 とても民主主義的です(笑)。