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百田尚樹

百田尚樹(ひゃくた・なおき)
1956年、大阪生まれ。同志社大学中退。人気番組『探偵!ナイトスクープ』など放送作家として活躍。2006年『永遠の0に』(太田出版)で作家デビュー。『聖夜の贈り物』『ボックス!』(いずれも太田出版)、『風の中のマリア』(講談社)、『モンスター』(幻冬舎)など多彩な執筆活動を展開し読者の熱い支持を集めた。いま最も期待される作家である。最新刊は『リング』(PHP研究所)。

松田哲夫

松田哲夫(まつだ・てつお)
1947年、東京生まれ。1970年、東京都立大学を中退し筑摩書房に入社。数多くのヒット作を手がけた後、現在は顧問を務める。著書に『これを読まずして、編集を語ることなかれ。』(径書房)、『印刷に恋して』(晶文社)、『「王様のブランチ」のブックガイド 200』(小学館101新書)など。

INTERVIEW

SPECIAL INTERVIEW 06

2010/04/23 17:00 INTERVIEW

聞き手:松田哲夫 写真:辺見真也

第6回
ボクシングの魅力を伝えたい

松田
『ボックス!』がこれだけの枚数になってしまったのは
ストーリー、人間同士のドラマ展開、
ボクシングのルールや試合描写などを
書き込んでいくにあたって、
これだけの枚数が必要だったということでしょうか?
百田
書くのが楽しくなってしまって(笑)。
最初は、ここまで伸ばす気はなかったんですけど、
先ほど松田さんがおっしゃったように、
とにかく僕はボクシングというスポーツの魅力を
書きたかったんですね。
スポーツ小説は多くありますけど、
その中には「これは別に、
このスポーツじゃなくても良かったんじゃないの?」
と思えるような作品もあって。
松田
スポーツを題材にして、
単なる青春ドラマにしているとか。
百田
そうですね。
主人公と周辺の人間関係がメインテーマで、
スポーツは借り物みたいな作品もありますけど、
そういったものにはしたくなくて、もうトコトン、
ボクシングの魅力を書きたかったんです。
ただ、そのためにはボクシングを知っている
ファンだけのために書いたのでは難しい。
だからボクシングをよく知らない、
もっと言うと「ボクシングは野蛮で嫌い」という人にも
ボクシングの魅力を教えたいな、という気持ちがあって。
松田
『ボックス!』で言うと耀子先生のようなスタンス、
そのくらいの先入観を持っている人も魅了させてやろうと。
百田
そういう気持ちもありました。
ですから、僕よりボクシングを知っている人にとっては、
ひょっとしたらクドいかなって思うくらい
「ボクシングとはどういうスポーツか?」というのを
書き込んでいったら、あれだけの枚数になってました。
だから松田さんがおっしゃっているように、
耀子先生っていうのはまったくのド素人で、
最初に鏑矢が電車でケンカするシーンがあるんですけど、
そのときに耀子先生は鏑矢のパンチが
まったく見えないんですね。
松田
風が吹き抜けた、というような。
百田
何が起こったかわからない。
それぐらい、まったくの素人から見たら、
ボクサーのパンチって本当に見えないんです。
ところが耀子先生も何度か試合を観戦していくうちに、
ちゃんとパンチが見えるようになるんです。
松田
ケンカの殴り合いとボクシングでは、
やっぱりスピードが全然違うんですか?
百田
ボクサーのパンチというのは、
実はすごく人工的な動きなんです。
幼稚園の子供とか小学生のケンカを見てたら
すぐにわかるんですけど、人間の自然なパンチ、
人が殴るときというのは必ず大きく振りかぶるんですね。
ボールを投げるみたいに一旦手を後ろにして、
そのまま弧を描くようにブン回す。
テニスのラケットを振るように。
人間の動きというのは、そんなもんなんです。
ボクシングにも振るパンチがあるんですけど、
腕を鍵型に曲げて、
そのまま肩と腰の回転で巻き込むように打つ。
これがフックなんです。
もうひとつストレートっていうのは、
これは人類が生み出した画期的なパンチで、
構えたまま槍のようにスッと打つんですね。
これは、そういった練習をしないと打てないパンチなんです。
さらに言うと、絶対にボクサーはパンチを出す手を
後ろに引いたりはしません。
それをやると相手にバレてしまうので、
一切の予備動作なしにパンチが飛び出すんです。
松田
後ろに引いたほうが
威力が強くなりそうな気がしますけどね。
百田
強くはなるんですけど、
そのパンチは読まれてしまいますから。
これをボクシングの世界では
「テレフォンパンチ」って言うんです。
わざわざ相手に教える、
電話で教えてくれるみたいなパンチですね。
松田
ものすごく弱い人相手なら、いいわけですね(笑)。
百田
そうですね(笑)。
実際の試合でも後ろに引いて打つパンチはあるんですけど、
それは相手がグロッキーになってるときなんです。
パンチが効いてるときに引いて打つ。
松田
追い打ちですね。
百田
だから、そのパンチは非常に危険なんです。
いまは、そういうパンチを打つ前にレフェリーが止めますね。
ボクサーが大きく振りかぶって、
サンドバッグを打つようにして打つパンチは
人間の生理機能を破壊するぐらい強烈ですから、
そういうパンチをレフェリーは打たせないですね。
松田
なるほど、ボクサーのパンチというのは、
すごく人工的なんですね。
百田
すごく人工的です。
だからボクシングは一見すると本能で闘っている、
とても野蛮なスポーツに見えるんですけど、
まったくの素人をリングに上げてパンチを打たせても、
そうそう当たるもんじゃない。
予備動作なしに飛んでくるボクサーのパンチというのは、
そういうパンチを目の当たりにしてよける練習をしないと、
よけれるもんじゃないですね。(その7に続く)
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