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今年春から「モーニング」(講談社)で連載開始された"悪だけを叩く少年窃盗団の話"、『ギャングース』(肥谷圭介、ストーリー共同制作/鈴木大介)をご存じですか? 生まれた時から親に虐待され続け、ろくに学校も行けずに青春期を少年院で過ごした少年たちの明るく切ないサバイバルを描く本作、原案が弊社刊『家のない少年たち』なのです。 この『ギャングース』連載開始を記念し、原案『家のない少年たち』のことをあらためて知っていただきたく、作家・大野更紗さん(『困ってるひと』『さらさらさん』)より、熱い熱い書評を頂戴しました。ぜひご一読ください。

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"叫べ、キミを救わぬ大人に向かい"

 3/11の「あの日」が起こらなかったら、という意味のない想定をしてみる。この本は、転換点をもたらす記念碑的著作となっていたに違いない。そして今日にこそ、再読に値する本であるように思う。その意義も圧倒的なリアリティも、3/11以前・以後であろうと変わらない。

 本書は、2003年から丹念に重ねられた、日本社会の最底辺を生きる少年たちへの取材の集大成である。鈴木大介という人は、ルポルタージュ作家に必要な資質を、生まれ持って兼ね備えているように思う。他人の話を聞きそれを「食う」ことへのうしろめたさと自戒に縛られ、どこまでゆこうとも取材対象に敗北し続けることが、すぐれたルポルタージュの条件であると思う。

 アンダーグラウンドな領域へのルポルタージュは、大量に出版される。巷にあふれる、あからさまな興味本位が透けて見えるルポや、逆に取材対象を守りたいがゆえの理論武装が先走る本は、正直に言うとあまり好きじゃない。

 わたし自身が難病の当事者であることは、おおいに関係がある。社会の困難のカッティングエッジを、この身で味わう者として、「世の中にはこんなかわいそうな人たちがいる」「こんなに大変なこと沢山ある」ということを記してあるだけでは満足できない。"So, what?"とつい言いたくなってしまう、ワガママな読者なのだ。

 ところが、鈴木大介の書く文章にだけは、魅かれてやまない。取り組む取材の苛烈さに似合わぬ、鈴木大介の「へタレ」っぷりが好きだ。

 「僕が見た不良の素顔とは、泣き腫らした少年の顔だった。 手の甲で涙をぬぐって、天を睨みあげる眼光だった。 彼らは暴力的で、でも臆病で、自堕落なくせにものすごく勤勉で、そして何より生きるのに必死な人々だった」 (本文より)

 暴力しか知らず、支配することしか術をもたぬ、少年たち。窃盗や振り込め詐欺、裏の世界の「犯罪」は、幼少期から帰る家も持たぬ彼らにとって、自らが獲得した唯一の生きる技術なのかもしれない。良心的で堅実な市民生活を送る読者には、そのような話は縁遠く、想像の範疇外である。いやそもそも、そんな少年たちは存在そのものが迷惑で、排除したい対象であるとすら思うかもしれない。

 だが、この本のページをめくってゆくと、出会ったこともない少年たちが目の前に現れるような錯覚におそわれる。眼光鋭く、人を信じず、気まぐれで、多面的な彼らが。執念に満ちた取材に裏打ちされた異様なまでのリアリティは、この本を読むものの心に不思議な感覚を残す。

 こんなどうしようもないヤツラ、と思うと同時に、なぜかこの子らに申し訳なくなってくる。わたしは現在28歳、ぬくぬく育って20代半ばから難病になった大人として、キミらに何ができるというのか。「何もできない」とは言いたくない、自分が情けなくなるから。ああ、大人はなんて勝手なんだろう。追いつめられている時ほど、人は何も言えなくなることは知っている。苦しみ抜いている時には、うまく言葉を発せないこともわかっている。

 このどうしようもない世界の、どうしようもないキミら。叫べ、そして言葉を使え。たとえ、言葉をむやみやたらと上手に使いこなす大人の大声に、掻き消されてしまったとしても。生きていると、ここにいるんだと、爪痕を残すようにして。必ず、聞く人はいる。たとえば鈴木大介が、今日も耳をすませている。


〈プロフィール〉

大野更紗
大野更紗

大野更紗(おおの・さらさ)
1984年福島県生まれ。作家。2008年上智大学外国語学部フランス語学科卒業。ビルマ(ミャンマー)難民支援や民主化運動に関心を抱き上智大学大学院に進学後、自己免疫疾患系の難病(皮膚筋炎、筋膜炎脂肪織炎症候群)を発症し、休学。その体験を綴ったデビュー作『困ってるひと』(ポプラ社)がベストセラーになる。2013年4月より、明治学院大学大学院社会学研究科にて研究を再開。都内で闘病・在宅生活をしながら、執筆も続けている。2012年、第5回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。近著に『さらさらさん』(ポプラ社)がある。
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Twitter: @wsary