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*「ぽこぽこ」公開当時の記事を再掲載しました。

人外漫画ブームの中心的な作品のひとつ、『セントールの悩み』。 ケンタウロスの女子高生が営む日常生活を切り取った作品は 風変わりな設定ながらも、多くの読者を獲得することに成功した。 その著者である村山慶の第2作目となる『きのこ人間の結婚』が先日完結、 単行本として刊行された。 「きのこ人間」という、やはり人外な生物をモチーフに、 封建制度の強い架空の惑星で、階級差を超えて結ばれた主人公が、 さらわれた妻を取り返しに行く冒険譚である。 村山慶が描く世界はファンタジックでありながら不思議とリアリティがある。 『きのこ人間の結婚』がいかにして作り上げられたのか、 村山流創作術から幼少期に影響を受けたものまで、1万字のロングインタビュー!

SFは日常の再定義

―― 『きのこ人間の結婚』は変わったタイトルですけど、このアイデアは昔からあったものなんですか?

村山 編集さんから「きのこを題材にするのはどうですか?」と言われてから考えたので、昔からあったものではないです。時期的には一昨年(2012年)の冬ぐらいまでに設定を固めて、それが終わって執筆に取りかかったのが今年(2014年)の春ぐらいからですね。きのこの話が出た頃に「筑波実験植物園」できのこ展をやっているのを見て、こういう題材も面白いかなと思いました。


『きのこ人間の結婚』の住民たち。※クリックで拡大します
※以下、出典明記のない画像はすべて『きのこ人間の結婚』より

―― ではしっかり準備されてからスタートしたんですね。

村山 1巻ものということがきまっていたので、綺麗におさまるようなプロットを最初に考えました。あらすじ自体は奇をてらってない、オーソドックスな話にしましたね。1話ごとの中にアイデアやディテールを詰めたり、細かいところを凝りました。


この世界の主要な食料源「牛」。美味し…そう!?

―― 作品を読んで、きのこに限らず生物に関してかなり造詣が深いと感じたのですが、科学の知識はどこから?

村山 学生の頃は分子生物学を専攻していました。なので、生物については多少知っているところがあるかもしれません。ただ、単行本やペーパーにも豆知識を書いてますけど、所謂きのこを含む菌類という生物のグループについて、私が学生だった20年ぐらい前と現在では、系統における位置づけ等も大分変わってるんです。例えば、菌類は昔は自ら餌を求めて動かないということで植物に分類されていましたが、その後独立した菌類というグループになりました。昔はDNAで調べるっていう方法がなかったので、見た目とかで決めていたんです。余談になってしまいますが、かつて五界説という分類があって、植物、菌類、動物、原生生物、原核生物に分けられると教わりました。今ではもっと別の複雑な分類になっています。このうち菌類、動物、植物、原生生物は真核生物になります、真核生物というのはDNAが核という細胞小器官内に集まっています。それに対して原核生物は核を持たず、DNAが細胞内にそのまま存在します。ややこしいのはこの原核生物のことを細菌といったりするのですが、真核生物である菌類とは全然違うグループだということです。原核生物のうち古細菌を除くグループを真正細菌と呼んだりしますが、菌類も真菌類と呼ぶことがあってこれもまた紛らわしい。

第三王女
衛兵のフロイラ
アリアラ(上)とエリエラ(下)

―― かなり科学の目できのこを見てらっしゃいますね。ビジュアル的には実際のきのこを観察して、そこから着想を得て落とし込んだりしたんですか?
村山 それはないですね。というのも、きのこはなかなか生えてくれないので、いろいろ見つけるのが結構難しいっていう。なので、本から得た知識が多いですね。それで、菌類の世界ってどんなもんだろうって想像して、擬人化したものが『きのこ人間の結婚』の世界ですね。

―― キャラの造形も、様々なきのこがベースになっていますよね。

村山 ええ、種類が違うんですね。極端に現実のきのこに寄せてるわけではないですけれども、着想は実際のきのこから得ています。(資料を見ながら)これ(第三王女)がカエンタケっていう、食べても触ってもダメなやつです。普通きのこって触ったぐらいではなんともないんですけどね。

―― この子(衛兵のフロイラ)も何かあるんですか?

村山 ベニテングタケ。毒きのこって呼ばれてますけど。食べると笑い出す。そんなにきつくはないらしいですね。このベニテングタケをわざわざ食べに行くツアーもあるらしい。

―― エリエラとアリエラは何タケとかあるんですか?

村山 特に何タケというのはありません。どれもそうですけど、そこまで実際のきのこの性質に寄せているわけではないですね。きのこは、動かないので。だから擬人化するのは難しいですね。1枚イラストぐらいだったらいいんですけど。

―― 惑星レベルで作るとなると。

村山 1話完結とかならまだしも、1巻通しで動かすのは難しいですね。でも、きのこの歴史は調べていくと凄く面白いんですよ。きのこって昔からあったような気がしますけど、いわゆるきのこが出現するのは割と最近なんです。白亜紀なので地質学的に最近という意味ですが。白亜紀は恐竜のいた最後の時代、花をつける被子植物が広がった時代で約1億4500万年から6400万年前です。

―― なんだか壮大な話ですね。今でも生物についての文献を読んだりされているんですか?

村山 ええ、読まないと時代遅れになってしまいますから。ここ数年でも大きく変わっています。20年前の知識なんてすぐ時代遅れになります。

―― そういう生物への興味や探求心に基づいて世界観が設計されているのですね。

『セントール』でも『きのこ人間』でもそうですけど、ファンタジーでもあるけどどちらかというとSF要素が強いですよね。
村山 「SF」っていうと、なんかみんな「宇宙船が出てきて」「ロボットが出てきて」みたいなのを考えがちですけど、実際のSFというのはちょっと違っていて、日常の視点をずらしてみるというか、設定をちょっと変えてみて、日常というのはどういうものかというのをもう一度新しい目で捉え直すっていうことなんですよ。


〈プロフィール〉

村山慶

2011年、「COMICリュウ」(徳間書店)誌にて、ケンタウロスの女子高生の日常を描いた『セントールの悩み』でデビュー。同作の単行本第9巻発売中。
Twitter:@hitonome