スペシャル
人外漫画ブームの中心的な作品のひとつ、『セントールの悩み』。 ケンタウロスの女子高生が営む日常生活を切り取った作品は 風変わりな設定ながらも、多くの読者を獲得することに成功した。 その著者である村山慶の第2作目となる『きのこ人間の結婚』が先日完結、 単行本として刊行された。 「きのこ人間」という、やはり人外な生物をモチーフに、 封建制度の強い架空の惑星で、階級差を超えて結ばれた主人公が、 さらわれた妻を取り返しに行く冒険譚である。 村山慶が描く世界はファンタジックでありながら不思議とリアリティがある。 『きのこ人間の結婚』がいかにして作り上げられたのか、 村山流創作術から幼少期に影響を受けたものまで、1万字のロングインタビュー!
「生きてる」っていうリアリティ
がないと共感はできない
―― 以前のインタビュー(東京マンガラボ)で、「設定は紙には書かない」ということを言われていたんですが、『きのこ人間』も設定資料みたいなものはないんですか?
村山 ないですね。
―― 脳内にある膨大な設定・裏設定を1巻で収めるのは大変だったんじゃないですか。
村山 『セントール』の場合は、今ではさすがに前の巻を読み返したりするようになりましたけどね(笑)。どうなっていたかな、って。でも首尾一貫するよう作ってあるので、主要な設定を後から弄るようなことはしていないですね。
- 「きのこ人間」の世界の文字。
―― 言葉とか、書記族しか読めない独自の文字とかもあるじゃないですか。あの文字とかはどうなんですか?
村山 あれは適当ですね(笑)。
―― でも文字も細かく描き込まれてますよ。
村山 シュメール文字を参考にしています。
―― 資料があるのならば見せてもらいたいですね。
村山 単行本には設定を書いたテキストが新たに収められています。
―― 本を買えばついてくる、と。最初、科学の話からスタートしましたけど、歴史もお好きそうですね。
村山 そうですね(笑)。
―― きのこ人間社会のディテールは実際の歴史を参考にされているのですか?
村山 そういうことは必ずしますね。モデルがないとリアリティが出ないので。「それは何でそうなっているのか」っていうところまでが必要ですね。レヴィ=ストロースの構造学が一例ですが、ああいった分析がやはり必要になってきます。
―― リアルさに関して徹底してこだわられていますね。
村山 それは当然「なぜそうなるのか」という原理がないと、突拍子もない設定だけをならべたものになってしまって、共感を呼ばないですからね。リアリティがないというのは、日常との接点がないということなので。「ダメなファンタジー」と呼ばれてるものは、設定はすごいあるんだけど、原理がまったくなくて突拍子もないものなんです。断片を読まされても、それは全然共感できません。ちゃんと「生きてる」っていうリアリティがないと共感はまずできない。1巻もので苦労するのはそういう共感を得る為のステップが十分じゃないってことですね。
- アクションシーンも満載です。
―― そこで工夫された点ってありますか?
村山 話自体をわかりやすくする、ということですね。『きのこ人間』の場合「連れ去られたお姫様を助けに行く」っていう、童話とかであるような単純なストーリーにしました。
―― 「結婚」というのも作品において重要なキーワードじゃないかと思います。しかし、恋愛があまり成立しないきのこ人間の世界において「結婚」を選んだのは非常に特殊だと思いますが、何故「結婚」なんですか?
村山 「きのこ」と「結婚」という言葉の組み合わせ自体がけっこう意外性があるので、それを狙ったというのが一つあります。結婚に至るプロセスは割と省きましたね、そこを取り上げるとそれだけで1冊かかってしまうので。あと、前提が違う人間同士なので、そこは詳しくやってもあまり共感を呼ばないだろう、というのがありました。そこらへんは割とぼかして描いているし、それほど深くは考えてないですね。
―― 絶妙なのが、セクシャルなようで、そうでないさじ加減ですよね。接合はするけど、セックスしてるかというと、そうでもないような。
村山 その辺もぼかしてますね。これが人間だったら、セクシャルを衣装で表現するというのも一つの方法なんですけど、きのこ人間はどのような生物か読者にわからないので、あえて衣装は着せていません。
―― 基本、裸ですもんね。
村山 衣装とかは「どうしてそういう衣装になったのか」という歴史がずっとありますから。ボタンひとつを取っても。そうすると、それを描かなくちゃならなくなるし、尺に収まらなくなりますからね。また余談ですが、ボタンの歴史を紐解くと、昔は高価だったんです。なかなか使えないから、当時はリボンで止めてたりして、いわゆる「ゴスロリ」とかでリボンが沢山ついているのは、ボタンを作るのが大変で高価だった頃の衣装がモチーフになっていることに起因するという話があります。
―― そうなんですね。しかし、理詰めで作り上げられた世界のなかで、アリアラとエリエラは異質な分子ですよね。彼らに「感情」みたいなものってあるんですか?
村山 描いてはいないですけど、それはあるでしょうね。
―― アリアラがエリエラに執着しているシーンがありますが、その理由が描かれてませんよね。
村山 「結婚」以外の過程は省いてありますが、当然描かれていないドラマがあります。
―― 今回描いたキャラの中で「もう少し描きたかった」というような人物はいますか?
- 第二王女(右)と持従(左)の「その後」が知りたい!
村山 「第二王女」とか、あんまり出せなかったのが残念ですね。他の部族とかも出てきていないし。地下鉱洞で鉱石を掘っているような人たちもいるんですけど、あのあたりの、もうちょっと世界の背景に関わることについて枚話ごとに入れていきたかったんですけど、収まりきらなかったですね。
―― まだ語られてないキャラがいるんですね。
村山 いますね。その辺の設定とかももうちょっと描きたかった。発光しているきのこ人間とかも考えていたんですよ。
〈プロフィール〉
- 村山慶
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2011年、「COMICリュウ」(徳間書店)誌にて、ケンタウロスの女子高生の日常を描いた『セントールの悩み』でデビュー。同作の単行本第9巻発売中。
Twitter:@hitonome