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*「ぽこぽこ」公開当時の記事を再掲載しました。

人外漫画ブームの中心的な作品のひとつ、『セントールの悩み』。 ケンタウロスの女子高生が営む日常生活を切り取った作品は 風変わりな設定ながらも、多くの読者を獲得することに成功した。 その著者である村山慶の第2作目となる『きのこ人間の結婚』が先日完結、 単行本として刊行された。 「きのこ人間」という、やはり人外な生物をモチーフに、 封建制度の強い架空の惑星で、階級差を超えて結ばれた主人公が、 さらわれた妻を取り返しに行く冒険譚である。 村山慶が描く世界はファンタジックでありながら不思議とリアリティがある。 『きのこ人間の結婚』がいかにして作り上げられたのか、 村山流創作術から幼少期に影響を受けたものまで、1万字のロングインタビュー!

萌えの功績

村山 できることなら、国外のきな臭い状勢とかも描きたかったですね。体制のほころびとか。

―― 内政も荒れてますもんね。

村山 あれは荒れてるうちにはまだ入らないですよ。けれどもそもそもこうやって管理されていること自体に疑問をおぼえる人物とかも現れるでしょうから。


女王と市民。この「チョン」がおそろしいのです。

―― 三人の王女の王位継承争いもありますしね。

村山 革命とかそういうのも。

―― きのこ人間の世界は不安定そうですよね。ある意味牧歌的といえばそうなんだけど。

村山 「牧歌的」の意味するところは、社会に慣習があってそれに従って生きているということです。十分食えてる状態だったら「今のままでいいじゃん!」って思うんですけど、食えなくなったときに、世界の前提自体がおかしいんじゃないかって思い出して、それに同調する人が出てきたりする。フランス革命のように。そういうことも、『きのこ人間』の世界で起きるでしょうね。

―― いろんな読み方のできる作品ですよね。先生としては『きのこ人間』で一番伝えたいことはどういう所になるのでしょう?

村山 「伝えたいこと」って言われると困っちゃいますけど(笑)。これは割と単純な活劇ですから、風刺とかではないですね。このあとの続きとかが描けたら、そういうところも出てくると思います。


『セントールの悩み』2巻より。こんな高校で学びたかった。
© 村山慶/徳間書店

―― 先生は科学や歴史の目で考える視点もありますが、一方で「可愛さ」みたいな要素、たとえば萌え的な部分はどうやって作り上げていったんですか? 『セントール』では女子高生でしたけど、『きのこ人間』はまた特殊だと思います。

村山 自分では自身の絵がそんなに「萌え」かどうかあんまりわからないですけど(笑)。そういうのは漫画家になる前に練習しましたね。世間的には価値が低いように見られているような気がしますけど、可愛い女の子を描くっていうのは難しいんですよ。記号的に要素だけ合わせれば描けるってものでもないんです。3次元的に捉えられないと、漫画として描けないです。自分なりのデフォルメの方法を作り出すまでは結構かかりましたし、すごく練習しましたね。まだ会社員だった頃、通勤の電車の中で毎日対面座席の人を描いてました。

―― 修行時代があるんですね。

村山 正式な絵画教育を受けたわけではないので。リアルな絵っていうのは割と誰でも描けるんですよ。どんな素人でも何時間もかけていれば、素人目にうまいと思える程度には描ける。ちゃんとした教育を受けた人の絵はまた違いますけど。いわゆる美少女の造形は工夫しないとダメですね。

―― 具体的にはどういうところを習得されていったんですか?

村山 特にリアルをデフォルメしていくことですね。

―― そのリアルっていうのは可愛い女の子のリアルってことですか?

村山 そうですね。

―― そこは2次元じゃなくて3次元なんですか。

村山 3次元っていうか実際の人間です。それをどう萌え絵に近くデフォルメしていくかっていう。

―― 誰かの萌え絵を参考にして練習して習得したわけではないんですね。

人外×サンタコスは反則の可愛さです…!
『セントールの悩み』4巻 口絵
© 村山慶/徳間書店

村山 デフォルメしたものを模写しても、そのデフォルメの原理がわかってないと描けません。一定方向に限定しているならまだしも、いろんな方向から描くことはできないでしょう。

―― 絵までちゃんと理由に基づいているんですね。

村山 でないと早晩行き詰まりますからね。

―― 練習過程でモデルにした人って誰かいますか? 「宮崎あおいを描いた」とか。

村山 それもないですね。写真をうつすのは難しいんですよ。一番いいのは実物です。動かれると困っちゃうけど、物質が一番うつしやすい。写真はすごく難しいです。

―― となると、本当に街を歩いてる人とかを模写していたんですか。

村山 通勤の電車内が一番多かったですね。

―― 『きのこ人間』でも『セントール』でも、老人と子供には並々ならぬこだわりを感じるんですが。


老人から子供まで…ファンタジーなのにリアル。
右は『セントールの悩み』9巻より © 村山慶/徳間書店

村山 老人にそんなこだわりがあるかっていうとわからないですけど、体つきとかシワとかは気を遣ってますね。目尻が下がってきて、アゴがなくなってくるんですね。そういうのは気をつけてます。でないと、若い顔にシワつけただけの顔になってしまうから。小さい子とかは、等身を合わせるのが厄介ですね。

―― 幼女で参考にされてるのは?

村山 等身はちょっと変えますね。リアルにしちゃうとすごいごつくなるので。首の太さとか。

―― 挙動とかしぐさについても観察ですか?

なぜ人外の幼女はこんなに可愛いのか。
『セントールの悩み』3巻より
© 村山慶/徳間書店

村山 なるべく観察ですね。あとは「都合のいい子供にはしない」ってことですね。それがないとリアリティがなくなってしまうから。泣いて喚いて金切り声上げて、リアルはそうじゃないですか。そこは気をつけますね。きのこ人間は服を着ていないので関係ないですけど、服装とかも観察します。子供にどんな服を着せているか。日常のはファッション雑誌に載っていないので。

―― さっき若干「萌え要素」について少し触れましたけど、萌え的な作品で研究されたり影響を受けたものってありますか?

村山 アニメですけど「けいおん!」とかは参考になりました。あれはとても高度なことをしていると思います。「女の子を可愛くすれば作品はウケるのか」というとそういうわけではない。「けいおん!」とかはストーリーがないように見えて、ちゃんと成長物語になっている。今までだと作品として成立し得なかったものが、萌え要素があることによって成立するということがあるんです。りっちゃん(田井中 律)とムギちゃん(琴吹 紬)がデートする回(「けいおん!!」第2期14話「夏期講習!」)があるのですが、ああいう話って萌えがなかったらたぶん成立しないような話。女の子がキャッキャしてるから観るって人が多いですけれども、中でやってる事はどうやって笑わせるかだったりどうやってコミュニケーションとるかだったり、難しい問題に向き合っている。萌えを使ってできる表現っていうのがあると思うんですよ。とくに日常的なことが表現できるようになったという面はあると思います。萌えの功績じゃないでしょうか。


〈プロフィール〉

村山慶

2011年、「COMICリュウ」(徳間書店)誌にて、ケンタウロスの女子高生の日常を描いた『セントールの悩み』でデビュー。同作の単行本第9巻発売中。
Twitter:@hitonome