スペシャル
SEALDs(Students Emergency Action for Liberal Democracy-s――自由と民主主義のための学生緊急行動)による、いわゆる安全保障関連法案に警鐘を鳴らす抗議行動が、さまざまな世代のさまざまな思想の人々を巻き込み、大きな流れになっている。 7月11日、マンガ家の小林よしのり氏が自身のblogにアップした、「シールズとかいう若者にやや好感」というエントリーもその一端だろう。氏は一般的に右傾化の要因となったと評される『戦争論』シリーズの著者だが、現・安倍政権に対しては批判的だ。曰く、「シールズとかいう若者たちは、ちゃんと安保法制の中身を読んで議論してるのだな」「学生運動の時代より、おとなしい若者たちだが、知的である」。はたして、反・安保法制というシングルイシューの下で両者が出会った時、どんな対話が生まれるのか? 8月8日、初の対談が実現した。
奥田 ただ、小林さんとは、先ほどの『戦争論』の冒頭の話のように、〝戦後民主主義をどう見るか〟という点で、きっと、意見が分かれるところがあると思っていて。もちろん、僕らとしても「日本国憲法と戦後民主主義が100%正しい」とは考えていないですし、背後に欺瞞や矛盾があることは分かっているんです。それでも、ここまで立憲主義や民主主義が辛うじて保たれてきたのは、何だかんだ言って、敗戦後の「やっぱり、戦争はしちゃいけないよね」という素朴な気持ち、そして、その体現としての日本国憲法や戦後民主主義のおかげであって、それがなければ状況はより悪い方に振れていたんじゃないかと思うんですね。
実際、今、終戦から70年経って、安倍首相みたいなひとが現れて戦後民主主義が揺るがされる大ピンチになっている。で、僕らとしては、確かに戦後民主主義は綺麗ごとだったのかもしれないけど、「綺麗ごとを止めて本音を語ろう」ということになって、もしその本音が「戦争に行かないやつは利己的だ」みたいなことになるのであれば、戦後民主主義の方が全然マシだと考えているわけです。
小林 それはそうだよ。わしだって武藤だとかあんなやつの考えにはまったく与しないよ。戦後民主主義にしたって、わしもGHQの占領が終わった後に生まれてるんだから。安倍首相はわしの1歳下でしょう? そういう人間がもう還暦なわけですよ。あなたなんて孫みたいなもんですよ。
奥田 (笑)。
小林 つまり、戦争も知らないし、占領期も知らない人間が60歳を過ぎてしまった状態になっている。だから、わしは自分が生きてきた戦後民主主義を全否定するつもりもない。それに、「憲法9条が、日本が戦争するのを防いだ」っていう主張にも、正しい部分はあるわけよ。朝鮮戦争に加わらなかった、ベトナム戦争に加わらなかったのは憲法9条があったからです。ただね、その点、わしはやっぱり沖縄の人たちに深く同情しているんですよ。戦中は日本国民として戦って、日本軍よりももっとたくさんの人が亡くなった。とんでもない数の被害者を出している。だから、彼らが「軍隊は住民を守らない」と言う気持ちはよく分かる。
なおかつ、沖縄はその後、アメリカに占領されてしまう。そして、祖国に復帰しても米軍基地は増えるばっかり。確かにベトナム戦争の時に我々は戦場へは行かずに済んだかもしれない。ただ、沖縄の基地から米軍がどんどん飛び立って行って枯葉剤を撒いてるよ。要するに、ベトナム戦争において日本は兵站だったんですよ。後方支援をして、既に戦争に加担しているんだ。それって、ものすごい矛盾じゃない?
奥田 いや、そうなんです。だから、僕が言う「戦後民主主義を肯定したい」とか、「平和主義があったから今がある」っていう話には常にそれに対しての責任がつきまとうと思うんですね。しかも、それこそがオールド・リベラルの敗北の要因でもあるわけですよね。「じゃあ、沖縄は何なんだ」って言われた時に、言い返せない。
ただ、一方で、90年代に『戦争論』を肯定的に受け取った人たちも、安保の問題や、沖縄が虐げられ続けてきた歴史のことを語らずに、日本国憲法や戦後民主主義だけを叩いて、本質的な議論をしなかったと思うんですね。それについても、「そんなことを言ったら、左翼だってそうじゃないか」と反論されるでしょうけど、じゃあ、僕らはどうするかというと、まだまだ達成されてない部分が多くあるからこそ、これからやることは多いっていう。
小林 そうだね。けどね、『戦争論』の他に、わしは『沖縄論』(小学館、05年)っていう本も出しているのね。それは沖縄でずーっとベストセラーだったんですよ。ずいぶん売れてるんです、沖縄でばっかり。ただ、本土では売れない。本土で書評に上げてくれたのは『赤旗』だけだった。
つまり、本土の人間は沖縄のことに関心がない。これが戦後民主主義なのよ。見て見ぬふりをしている。で、みんな、沖縄に行って平然と遊んでるわけです。平和に酔いしれて。でも、その裏ではずっと基地問題に耐えている人たちがいる。だから、戦後民主主義の問題にはさまざまな側面があって、それを『戦争論』1冊にすべて収めることは無理ですよ。
奥田 それはもちろんそうです。
小林 1冊にすべて収めようとしたら、とんでもなく分厚い、書店に置けない本になっちゃうしね。だから、『戦争論』を描いたり、『沖縄論』を描いたり、『台湾論』(00年、小学館)を描いたりという風な形でやっているわけだけど、『戦争論』を読んだ人が、全員、『沖縄論』も読んでくれればとてもありがたいものの、そうはいかない。あるいは、『戦争論』の前には部落解放同盟と話し合って『差別論』(解放出版社、95年)を出している。あれを読めばヘイトスピーチなんかあり得ない。
でも、みんな、自分の気に入ることが書いてあるものしか読まないから。それでのうのうと暮らしている。のうのうとタカ派なことばっかり言っている。のうのうとヘイトスピーチをやっている。それは全部、わしが〝戦後民主主義〟として批判したいものなんですよ。
奥田 だから、〝戦後民主主義〟という言葉からイメージするものが全然違うんでしょうね。僕らにとって〝戦後民主主義〟って、敗戦から10年とか20年とか、本当に激動の時代の中で掴み取ったものっていうイメージがあるんですよね。個人的には、小熊英二さんの『<民主>と<愛国>――戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社、2002年)っていう本が、今の時代に読むと面白いなと。あれは、「〝民主主義〟と〝愛国〟が完全に離れてしまった」「今、〝戦後民主主義〟って言った時に〝民主主義〟の話しか出てこない。〝愛国〟の話は出てこない」「ただ、本当の〝戦後民主主義〟はそれが一致したものだった」っていう本なんですよね。
――『<民主>と<愛国>』は、小林さんの『戦争論』に対する反論として描かれたものです。
小林 わしとか<(新しい歴史教科書を)つくる会>がやっていたことに対する反論だね。
奥田 でも、小林さんの中では在特会のデモも〝戦後民主主義〟のイメージの中に含まれるわけですよね?
小林 そうです。
奥田 そうなると、もはや、〝戦後民主主義〟っていう言葉を使う必要があるのか、とも思うわけですよ。
〈プロフィール〉
- 小林よしのり
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昭和28年、福岡県生。マンガ家。代表作『東大一直線』 『おぼっちゃまくん』など。平成4年、「SPA!」(扶桑社)にて、社会問題に斬り込む『ゴーマニズム宣言』を連載開始。同シリーズのスペシャル本として発表された『戦争論』 『戦争論2』 『戦争論3』(すべて幻冬舎)は言論界に衝撃を与え、大ベストセラーとなった。平成24年からは「ゴーマニズム宣言『大東亜論』」(小学館「SAPIO」)を鋭意連載中。最新刊は本格的な戦争マンガ『卑怯者の島』。
・小林よしのりオフィシャルwebサイト
- 奥田愛基
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平成4年、福岡県生。現在、大学4年生。SEALDsの中心メンバーのひとり。
・SEALDs webサイト