スペシャル
学園ものの起源『タクミくん』シリーズと、愛の定義を再検討する『間の楔』
溝 当時はオリジナルJUNE小説とかマンガも読んでいましたか? 投稿作品が多かったわけですが。
柿 もちろん。たぶん、「小説道場」への投稿小説で一番ヒットしたのは『富士見二丁目交響楽団』(フジミ)シリーズ(秋月こお、1992-2012。外伝は継続中)でしょうけど、私たちのころは何と言っても吉原理恵子さんの『間の楔(あいのくさび)』ですね。あれは先のない愛なのよね。そこにSMやパワーバランスが強調されていて。
溝 今読んでも、業(ごう)や執着、身分差、拉致監禁……そういうような要素がつまったBLの大傑作だと思います。架空の惑星を舞台に展開する一種のSFですよね。「現実にリンクして、現実よりもホモフォビアを乗り越えていく」といった、私が「進化形BL」と呼んでいるタイプではなくて、「二者が互いを必要とするとはどういうことか?」を追求する、「愛の定義の再検討」をする作品です。それも極限まで。
柿 当時、並行して人気があったのが「タクミくん」シリーズ(ごとうしのぶ)なんですよね。あれがたぶん、その後の学園ものBLの「もと」かなという気がします。
溝 そうですね。
『BL進化論』の功績
溝 あの、これ、面と向かって初めておうかがいするので緊張しますが、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』をお読みいただいて、いかがでした?
柿 全体的に、長年もやもやしていたことに答えをもらった気がした本でした。もちろん、100%じゃないけれど。それは個人差や年齢差もあるから。
溝 はい。
柿 とくに、そう、231ページあたりで論じていたことで、「BL愛好家たちが誇りと恥をもって自分たちを『一般人』と区別し、いわばBLセクシュアリティの持ち主であることをたがいの間で表明し、」からのところ。なるほど確かに、って思いました。
溝 まさに柿沼さんが「BL愛好家は好みがはっきりしているという意味でゲイ男性に似ている」と言われたことがヒントになって考え抜いたところです。
柿 あと、3章の「やおい論争」のところも。ずっともやもやしていたから、「そういうことだったのね」とやっと理解できました。あの当時って、栗原(知代)さんの言い方が強いからすごく影響を与えている部分もあって、彼女が「やおいから抜け出すために戦え」と言っていたことで、傷つく人もいるわけだし、そこまで言わなくても、と思ったりしていたんです。でも、3章を読んで、抜け出せない人のことを全否定しているわけではなかったんだなと思いました。それは、最初に問題提議した佐藤雅樹さんの投稿にしても、「ヤオイなんて死んでしまえばいい」っていう過激なフレーズが一人歩きしていたけど、全文を読んだ上で溝口さんの分析を読んで、彼も全否定が目的ではなく対話を求めていたのね、と腑に落ちるところがありました。
溝 佐藤さんの全文掲載はこだわったところです。彼のエッセイは、もとが『ショワジール』というミニコミに掲載されたものなので、原文を読んでいないのに孫引きして、「ゲイがやおいに文句をつけた」とばかり書かれていたので。
柿 あとは、同性愛の当事者がちゃんと分析し評価してくれた、というのは嬉しかったですね。それまでは異性愛女性の「おかず」扱いはゴメンだ、同性愛当事者には迷惑でしかない、という論調が多かったので。
溝 セクシュアリティというものを、「現実に誰を性愛の対象とするか」という現実の性的指向に絞って考えれば、異性愛女性とレズビアンとは別カテゴリーだけど、レズビアンでも「24年組」もBLもまったく読んできていない人よりも、脳内のセクシュアリティの部分では、BL愛好家友達の異性愛者とのほうが近いよね、という気づきがあって。私自身がBLの祖先によって「レズビアンになれた」ともいえるな、というところから、BL愛好家は現実には異性愛女性であってもレズビアンであっても、両者ともにある意味「ヴァーチャル・レズビアン」だ、というところはとくに重要なんですけど、うまく伝えるために編集者さんに意見をうかがって何度も書き直しました。
担当編集 さっき柿沼さんが言ってくださった、「もやもやと言葉にできなかったことを、この本を読むことで言語化できた」という感想は、読者の方からも多くもらいました。何も気にせずにBLが好きで読んできたけれど、じゃあなぜ異性愛者の自分がBLを欲するのかを考えるヒントができた、と。
柿 今の若い読者もBLを純粋に楽しんでいるだけじゃなくて、やっぱり、どうして自分はそういうものが好きなのだ、という問題意識はあって、それは老若を問わないのね。
溝 もちろん、そんなことは気にせず楽しんでいるだけのライト層も増えていると思いますが、若い子でも気にしている人も確実にいます。大学で教えていることもあって、二十歳くらいのBL愛好家との出会いも多いのですが。
(協力: 的場容子)
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『JUNE』について、英米ゲイ文学について、また、女性作家がゲイ文学を書くことについてなどをふくめた約2万字の貴重な対談は、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』電子書籍版に特典コンテンツとして収録されています。当ページの対談は超ショート・ヴァージョンです。ロング・ヴァージョンもぜひお読みください!
- BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす
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著者:溝口彰子
装画:中村明日美子
価格:2,700円+税
書籍発売日:2015.6
電子書籍版発売:2018.12 - Kindle版を購入 本書詳細はこちら
〈プロフィール〉
- 溝口彰子
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ビジュアル&カルチュラル・スタディーズ研究。クィア理論。『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』と『BL進化論〔対話篇〕ボーイズラブが生まれる場所』が2017年度「センスオブジェンダー賞特別賞」受賞。映画、美術、研究倫理など論文記事多数。複数の大学で講師をつとめる。
- 柿沼瑛子
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翻訳家。早稲田大学第一文学部日本史学科卒業。訳書にローズ・ピアシー『わが愛しのホームズ』、エドマント・ホワイト『ある少年の物語』、パトリシア・ハイスミス『キャロル』他。フェロー・アカデミー翻訳講師。