漫画家・浅野いにおが読みたい漫画は「圧倒的な才能の大失敗作」
- Oct.2,2012
漫画家の浅野いにお。主な作品のひとつ『ソラニン』は、宮崎あおい主演で2010年に映画化され、現在2本の連載を抱える人気漫画家だ。連載中の『おやすみプンプン』は、どこにでもありそうな街に住んでいる、どこにでもいそうな少年「プンプン」の日常や成長を追った漫画だが、斬新なのは作中で彼と彼の家族だけが落書きのヒヨコのような容姿であり、それが当たり前として物語が展開していくところ。それに加え、リアルな背景の描写や独特のコラージュ表現などが、その世界観をさらに引き立てる。そんな彼に、自身の漫画や現在の漫画業界について感じていることを聞いた。
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17歳でデビューするまでは、責任感が強く真面目、勉強はそれなりでした。中学時代からは地元の不良文化に馴染む事が出来ず、徐々に影が薄くなり、姉の影響で得意だった絵が唯一の心の拠り所だったんです。高校の授業についていけなくなった事をきっかけに、自分の馬鹿さを正当化するために「凡庸に生きる事の退屈さ」を友人と語り合い、静かに日々の溜飲を下げるという非常に十代的、後ろ向きで愚かな学生だったと思います。意識的に漫画を読むようになったのもこの頃でしたが、独特な作風の作家が好みでした。今のように同じ趣味の友人を作るのは困難でしたので、一人で悶々と読んでいましたね。
デビューから連載をもつまでに4年かかりましたが、「自分のような趣味嗜好の人間はたくさんいるんだから、自分が面白いと思うものを描けばある程度は受け入れられるはずだ」と思っていました。今もそれはあまり変わらないのですが、現在の自分との決定的な違いは、当時の自分は自分の作品を面白いと思い込もうとしていた事。作品に対する客観性がありませんでした。今は自分の作風の長所と短所をある程度自覚していると思います。
『おやすみプンプン』は漫画の表現方法の裾野を広げる事が第一の目的なので、メッセージのようなものはあまりありません。しかし、内容自体はいろいろな解釈が出来るよう含みを持たせて描いているので、漫画でもそういう楽しみ方ができる事を知ってもらった上で、面白おかしく読んでもらえればと思います。これは投げっぱなしという訳ではなく、読者の読む力を信用しているから出来る事なんです。
漫画業界を俯瞰して語れるような立場ではないので、自分の事を棚に上げての話になりますが、今は全体的に作り手が読者に歩み寄り過ぎている気がします。もちろんそういうものが必要とされているなら、そういう時代なんだなと思いますが、そつなく平均点を超えたきちんとした作品ばかりというのは少し退屈な印象になってしまいます。僕個人は圧倒的な才能の大失敗作が読みたいですね。今も昔も漫画は少人数で作れて、結果的に面白ければなんでもありという寛容さがいいところだと思うので、古ぼけた文化にならないよう、漫画の文法にとらわれない漫画が増えればいいなと思っています。自分自身は「売れない内容で売れたい」というアンビバレンツさを常に持っています。
【プロフィール】
1980年生まれ。茨城県出身。1997年、ビッグコミックスピリッツ増刊Manpuku!(小学館)掲載の読み切り作品『普通の日』でデビュー。2001年、月刊サンデーGENE-X(小学館)の第1回GX新人賞に『宇宙からコンニチハ』が入選。週刊ヤングサンデー(小学館)にて連載された『ソラニン』は、バンド経験を持つ作者によるインディーズバンドのリアルな心理描写で人気を博し、映画化もされた。現在、『うみべの女の子』、『おやすみプンプン』を連載中。『おやすみプンプン』11巻は2012年11月30日発売予定。