お笑いテレビ裏方稼業⑥ 「面白きこともなき世を面白く」
お笑いテレビ裏方稼業

お笑いテレビ裏方稼業⑥ 「面白きこともなき世を面白く」


「面白きこともなき世を面白く」
これが、テレビマンとしての小さな哲学であった。

だが、日本テレビの「五味一男」が、放送翌日の視聴率グラフを分析。
秒刻みで縦割りに線を引き始めた辺りから、俺の周辺では路頭に迷う仲間が多発。テレビ屋稼業にもっとも必要とされてきた“無知と勢い”が消えた。

だが、今さらこの場で「五味一男(ゴミカズオ)」を糾弾したいわけではない。
東映のCM部から三十歳の時にテレビ業界に転職。
元・日本テレビ編成局の総合演出であり、プロデューサーであった編み出した“五味理論”は、90年代の日本テレビ(4チャンネル)に大きく貢献。
視聴率三冠王を牽引する、巨大なエンジンであり羅針盤でもあった。

過剰な画面スーパー。あふれるナレーション。
盛り上げ過ぎのMA(BGM・効果音などすべて)は全てパソコンの普及。
編集技術がレベルアップされる度に、テレビ屋は個人競技へと鞍替えし、
「面白さ」よりも「わかりやすさ」を優先する“視聴者にやさしい五味理論”は、良くも悪くもテレビバラエティーとテレビタレントの質を大きく変えた。

そもそも、新聞社、雑誌社、映画会社に比べれば、テレビなんて媒体は、
“二流”“三流”の就職先だった。それがいつしか一流大学卒の就職先になる。

…という事は、“多感な十代に、テレビやラジオや娯楽に対して見向きもしなかった優等生たち”や“創業者筋の太いパイプを持つコネ入社”が必然的に大量に押し寄せてくる。

…となれば、幼少の頃から、さまざまな理由や複雑な家庭環境で育った“ワケあり”や“落ちこぼれ”の救いの場所は奪われていく。

…すると、10年、20年経てば「テレビ業界」は大きく変貌していく。
その経緯や時代背景もわからないまま、何の疑いもなく視聴率の折れ線グラフに縦線を引く事が日常となっていく新卒のテレビ局員が増えていくであろう。
早くからこう予言していたのは、『伊藤輝夫』(後のテリー伊藤)だった。

伊藤は、五味一男の“後付けマーケティング”を真っ先に全否定。
テレビディレクターや放送作家が、日テレの五味に感化されて行く事を真っ先に嫌った。当然である。五味一男が仕掛ける“ヒットの法則”と、伊藤輝夫がこれまで仕掛けてきた“ヒットの法則”は、水と油。この先、永遠に交わることがない対極の関係にあった。伊藤の機嫌は、日に日に悪くなり始めた。

週明けの月曜日。テレビ局からFAXされてくる「ビデオリサーチの番組視聴率表」と「時間帯別の視聴率グラフ」を伊藤が手に取るなり、ビリビリに破りながら、怒り喚き散らしながら召集をかけた。

「カ、カ、カ、カ、カ、カァ~関係ぇ~ねぇ~~よ。こんなモン!
 放送が終わってから、アソコが数字良かった、悪かった、伸びた、落ちた…
 なんてよぉ~、小学生のガキでも言える事だよぉ~~。ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、」

言葉にすれば三秒足らず。両目は血走り、白目は充血。
心底怒りで燃えている伊藤は、肩で息をし、酸欠状態に陥った。

…ヤバイ。机の上にはクリスタルの灰皿がある。
厚さ5センチ。鍾乳洞の石灰岩のように大きく入り組んだ凸凹ガラスが頭に突き刺されば、“15針”はいくであろう。ひょっとすれば、気絶するかもしれない。

俺は、爬虫類のような顔をしている獰猛な伊藤の眼をじっと見ながら、左目でそっと“スタッフの名が書かれたホワイトボード”をチラ見した。

…ヤバイ。俺以外、皆、今日の予定は、「外ロケ」か「編集所」だ。
という事は、最悪、救急車を呼んでくれる奴は誰もいない。
その瞬間、俺は身体を左にひねりながら、伊藤の右側に回った。

…正解だった。右利きの伊藤が手に取り、投げつけたクリスタルの灰皿は、
左側の床に叩きつけられた。しかも、灰皿のガラスは割れもせずドスンと鈍い音を出しただけで割れもしない。床には、徹夜作業で吸われた毒々しい濡れた吸い殻が飛び散り、周囲はニコチンの悪臭が漂った。

「ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、誰がぁ、タバコ吸ったんだよぉ~!
 ここで、タバコを吸うな!って、アレほど言ってんだろがぁ~~!!」

(灰皿を掴んだ時にわかるよな、普通は…!)
こういう、ツッコミを頭の中で反芻すると すぐに顔に出るのが人間だ。
だが、ここで伊藤の目を逸らしてはいけない。
(タバコを嫌ほど吸っていた犯人が、俺だとバレる可能性がある)
とっさに俺は、口からニコチン臭が漏れぬよう一文字でギュっと閉じた。

…正解だった。
自分の怒りから、自分の怒りへ放火し、狂い始めた伊藤は一気にまくし立てた。

「び、び、び、び、び、び、び、びぃ、病院のよぉ~ 
 け、け、けぇ、けぇ、ケぇ、ケぇ、健康診断でもよぉ~~
 ま、ま、マママ、ま、まぁ、毎日よぉ~ 診察カルテが送られたらよぉ~
 た、た、た、た、た、たまったもんじゃねぇ~んだよぉ~!」

「コ、コ、コ、こんなよぉ~、シ、シ、視聴率の折れ線グラフを見てよぉ~
後出しジャンケンでよぉ~、四の五の言ってたらよぉ~、
 誰でもテレビの批評家になるんだよ!去勢されたテレビ屋になんだよぉ~!」

20年後。皮肉にも、伊藤が予言した不安は的中した。

自分の嗅覚で“面白さが判断できなくなったテレビマン”が急増した。
と同時に、インターネットには“番組を作ったことがないテレビマン”が
さまざまな私見や訳知り顔の見解を大量に発信する世の中になった。

また、その無責任な意見にイチイチ目くじらを立てながら反論したり、右往左往している新種のテレビマンまで誕生した。
それに比べれば俺の方が同じバカでも“無知と勢い”がある分可愛げがあった。

だが、鮫に連れられてやって来たアダルトビデオの撮影現場で働くスタッフたちは、遥かにその常識をぶち破った乱痴気ぶり、密室の中の祭りであった。

それは、幼き頃、むさぼるように読んだみ1枚の白黒写真。
“円谷英二の怪獣ウルトラ図鑑”に掲載されていた“怪獣映画の特撮シーン”を思い出すかのような“未知の世界”そのものだった。

「5秒前、4、3、…」

初めて、生で見る「潮吹き」!

それは、まるで田淵幸一がレフトスタンドに叩き込む綺麗な放物線であった。

                           (つづく)
■著者プロフィール/柳田光司
1968年生まれ。本業は『放送作家』
現在『あの頃の、昭和館』という映像・音声ブログを配信中。
その中の音声コンテンツ『現代漫才論(仮)』では企画~出演~編集もやっています。

これまで、いろいろ照れがあり…何ひとつ外に出していませんでしたが…。
今はもう、そんな自分がアホらしくなり 精力的にアウトプットしていきます。
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