連載

第1回
2017.9.1

どうなる「イスラーム国」消滅後の世界?

2017年7月14日、イベントバーエデンにて
田中真知=構成

2 現代:文明の再編

中田考/撮影=野口博
中田考/撮影=野口博

現代は21世紀ですが、われわれが現代というとき、それはいつからなのか。現代につながっているという意味で考えると、20世紀は現代ですし、19世紀もそうです。ですから、19世紀あたりから近現代というか、今の世界に直接つながる流れができているといっていいかと思います。では、19世紀とはどんな時代だったのか。大雑把に言うと、それは西欧による世界制覇の時代でした。イスラーム世界も含めて世界のほとんどが西欧の植民地になりました。アジアでも日本とタイを除いて、みな植民地化されます。

では20世紀はどうか。じつはその位置付けが、まだよく出来ていません。しかし、それではまずいんです。私はイスラームの専門家として、イスラームの理解自体が非常に歪んでいる中、声を大にしていいたいのは「20世紀は西欧の自滅の時代である」ということです。ただし、自滅してもまだ十分強いので、あまりぴんと来ないかもしれませんが、19世紀と比べてみれば西欧の自滅は明らかです。では、なにが自滅なのか。単純な話で、第一次世界大戦と第二次世界大戦です。

それまでの西欧というのは圧倒的に強かった。世界全部を植民地にするくらい強かった。ところが、それが二度の世界大戦で自滅する。第一次世界大戦も第二次世界大戦も基本的には「西欧の中の戦い」です。第二次世界大戦は世界に広まってはいますけれども、基本的にはヨーロッパの内戦です。そこに無理矢理アメリカやソ連を引き込んだわけですが、それでもヨーロッパ中心の話なわけです。日本も侵略行為を行い、たくさんの被害者を出していますが、圧倒的に犠牲者が多いのはヨーロッパです。ヨーロッパという大陸で数千万単位で互いに殺し合ったのです。それによってヨーロッパは焦土化し、自滅した。それが20世紀です。

『西洋の没落I』中公クラシックス
『西洋の没落I』中公クラシックス
著:シュペングラー、訳:村松正俊/2017年6月

第一次大戦後にシュペングラーの『西洋の没落』という本がベストセラーになりました。当然な話でヨーロッパ人自身も、これはダメだと思ったわけです。でも、日本から見ると、それでもヨーロッパは自分たちより進んでいたからぴんとこなかった。第一次世界大戦でヨーロッパがこれだけグチャグチャになっても、まだアジア、アフリカの国は、自分たちで独立できなかった。そのころから、民族自決ということがいわれていましたが、その流れをイギリスから独立したアメリカが後押ししたことで加速されました。それでも現実に植民地が独立するのは第二次世界大戦を待たなければなりませんでした。第二次世界大戦は、アメリカが参戦しなければ、完全にドイツが勝っていました。ほとんど植民地を持っていなかったドイツの前に、植民地を持っていた宗主国はほぼ壊滅するわけです。

けれども、壊滅しながらも彼らはそれを恥じることなく、アメリカの助けで復興して旧領土を回復すると、自分たちの植民地をまた支配しようとします。これに抵抗して各地で独立戦争が起きます。インドネシアでは、ナチスにいったん滅ぼされたオランダが、ふたたびインドネシアを支配をしようとして戦争になる。フランスもアルジェリアの支配を手放そうとせず、それにアルジェリアが抵抗して戦争になる。平和裏に独立したところもありますが、激しい抵抗運動を経て解放された植民地も多かった。

20世紀に西欧は自滅した。それはヨーロッパ自身も認めたくはないでしょうが、おそらく理解しています。日本ではまだヨーロッパは先進国だと思われていますが、ヨーロッパの自滅という事実をきちんと理解しないと、現在の状況は打破出来ない。それがこの本の主張するところです。

ここまで「西欧」と言う言葉を使っていますが、これは西ヨーロッパのことで、ヨーロッパ全体ではありません。基本的には、世界を征服したのは西ヨーロッパでした。ロシアもかなりの部分を征服しているのですけれど、これはむしろ西ヨーロッパによって、文化的に征服されたおかげといっていいでしょう。日本も同様に、西欧によって文化的に植民地化されたおかげで、中国その他を植民地化していった。つまり、西欧による世界支配の一環にロシアも日本も乗っていたわけです。

その西欧が自滅したことで、漁夫の利を得たのはアメリカです。アメリカと西欧は違いますが、同じ価値観を持つ仲間としてアメリカが西欧の連合国の後押しをして最終的に第二次大戦に勝ったわけです。それで欧米というのを1つにまとめて、われわれは論じているのです。第二次世界大戦後、戦後管理を行ったのはアメリカとソ連です。戦後、アメリカは圧倒的に強かった。世界の経済の半分以上をアメリカが握り、核兵器も当時はアメリカだけが持っていました。軍事力でも、経済力でも、政治力でも、アメリカは圧倒的に強かったわけです。ところが、いまやそのアメリカの国力はどんどん下がっているし、ソ連はつぶれてしまいました。まだアメリカが一番強いという状況自体は変わっていませんが(中国に抜かれつつありますが)、その力は不可逆的に低下しているのは事実です。

これが20世紀の大きな流れです。西欧が自滅して、米ソが破産管理をしたんだけれども、ソ連は崩壊し、アメリカの国力もどんどん低下していく。そういう状況の下、21世紀はどうなっていくのか。そこで帝国の復興、文明の再編という流れになるわけです。

それを担うのはどのような文明か。かつて歴史家のトインビーは、西欧文明が圧倒的に強くて世界に大きな影響を与えているんだけど、ロシア文明、中国文明、イスラーム文明、インド文明というものも追い詰められつつもまだ残って抵抗していると見ていました。本書でも論じましたが、「文明」という概念はかなりいい加減です。それでも、「文明」という実態があると考えた方が、世界をうまく認識できるんです。

トインビーは、文明は世界宗教と世界帝国を持ち、それによって文明圏が成立するという言い方をしています。ロシア文明、中国文明についてみれば、今ある国民国家システムのなかでそれぞれロシア、中国という中核国家がある。ただし、文明はもちろん国民国家で区切られるものではありません。インド文明の場合、インドが中核国家かというと、これはかなり怪しい。これがイスラーム文明になると中核国家がありません。シーア派については一応イランが中核国家として機能していますが、シーア派はイスラームの中では多く見積もっても2割しかいない少数派です。多数派のスンナ派に中核国家があるかというと、これが全く存在しない。

ムスリム人口の多さではインドネシアが世界一ですが、イスラーム文明圏では辺境なので、だれもインドネシアがイスラーム世界の中核だとは思いません。むしろ基本的にはトルコ、エジプト、サウジあたりが中核という言い方はできます。とくにトルコは直近までオスマン朝というカリフ国家をつくっていたこともあって、現在でも総合的に見ると、イスラーム世界のなかでいちばん強いでしょう。しかしトルコの言語は、アラブ・イスラームの言語であるアラビア語ではなくてトルコ語です。これはトルコでしか話されていない。そのこともあってイスラーム世界の中心とはちょっと言いにくい。

エジプトはアラビア語を話していて、アラブの国々のなかではもっとも人口が多い。文明史的にはアッバース調の都だったバグダッドが滅びたあと、モンゴルの脅威に対して立ち向かったのがマムルーク朝で、その中心がカイロだった。イスラーム文明の中心もバグダッドからカイロへ移りました。その後、オスマン朝の征服によって中心がイスタンブールに移るのですが、アラブの学問の中心はカイロにありました。今でもエジプトはアラブの中ではいちばん文明度が高いんですが、ひじょうに貧しく、なかなか中心だと認めてもらえないのが現実です。

サウジアラビアは、メッカとメディーナという聖地を握っていて、イスラーム発祥の地でもあります。トランプ大統領がサウジを訪問したときも、サウジこそイスラーム文明の中心という演出をしました。世界中からイスラームの国々の首脳クラスを集めて、サウジアラビアこそが盟主であるという演出をした。でも、それは結局失敗しました。

人口的に多いのはパキスタンです。なにしろ1億9000万人くらいいますし、核兵器も持っているので軍事力は最強です。サウジアラビアも、インテリジェンス部門と軍隊の顧問はパキスタンにたよっています。その意味では相当に重要なわけです。

以上のような国々が、これからのイスラーム文明の中核国家の候補として競合しているのです。

ではインド文明はどうか。インド文明があることはみな認めてはいるのですが、ではあらためてインド文明って何かっていったらよく分からない。私も専門じゃないのでよく分からないんですけど、少なくともいえるのはインド文明には元々中核国家がないことです。インドが統一されたのは前4-3世紀のマウリヤ朝の時代だけで、イスラームのムガール朝になってやっと大部分が統一されます。その後は英国統治になって、それが100年間くらい続く。イスラームによって世界帝国化して、イギリスによって統治が受け継がれてきた。それがインド文明です。

しかし、インドの東西にはバングラディシュとパキスタンがあります。また、インドは世俗主義をとっています。ヒンドゥー教は根深い伝統ですが、建前上はヨーロッパ文明、つまり英国に統治された(ブリティッシュラジャ)国家です。その意味でもインドがインド文明を代表しているかどうか、これからもそうなっていくのかどうかは、これからも考える余地があるというのが私の立場です。

そして西欧文明ですが、これも分裂するのではないかと思っています。後で出てくる地政学の話とも関わってきますが、西欧と英語圏(アングロスフィア)が、実は今、分かれようとしているんじゃないかという気がしています。かつてローマ帝国が東と西に分かれたように、古いヨーロッパと、独立した英語圏が文明的に別のものなりつつある気がしています。ただし、そうなる、と断言しているわけではなくて、私がいいたいのは、世界にはいろんな可能性が開かれているという話です。少なくとも、ヨーロッパを一体のものとして見る、それからヨーロッパとアメリカを一体として見るっていう見方を、もう少し疑ってかかるべきでしょう。現代の「西洋」文明とは狭い意味での西ヨーロッパのことで、イギリスや他の英語圏(アメリカとカナダとオーストラリアとかニュージーランドなど)を含みません。このあたりは別の文明圏に分裂するのではないか。西洋文明はそういう可能性を含んでいると思います。

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プロフィール

中田考
中田考(なかた・こう)

一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム教会理事などを歴任。著書に『イスラームのロジック』(講談社)、『イスラーム法の存立構造』(ナカニシヤ出版)、『イスラーム 生と死と聖戦』(集英社)、『カリフ制再興』(書肆心水)。監修書に『日亜対訳クルアーン』(作品社)。

撮影=野口博

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