連載

第1回
2017.9.1

どうなる「イスラーム国」消滅後の世界?

2017年7月14日、イベントバーエデンにて
田中真知=構成

8 「イスラーム国」が壊した世界

「イスラーム国」が目指したのは、民族主義の差別主義とヒューマニズムの矛盾を糊塗する虚飾と偽善の世界の破壊でした。これによって暴力と差別の第三世界への囲い込みに風穴が開きました。これまで暴力と差別は第三世界のなかに押し込められていた。先進国とは、その囲い込んだ世界の外側にあった。そういう仕組みがはっきりと可視化されてしまった。さらに、この囲い込みがもはや立ち行かず、きれいな世界であったはずの西欧に暴力と差別が浸潤するようになってしまった。それが今のヨーロッパで起きていることです。ヨーロッパだけではなく、アメリカでもテロという形で噴出したり、移民に対する差別主義などの形で世界中に浸潤が広がっている。それは民族主義と呼ばれることもありますが、私はむしろゼノフォビア(外国人嫌い)という言葉がふさわしいと思っています。

今までにも人びとはそういう構造に気づいてはいたのですが、それに対して行動を起こすことはできなかった。それが「イスラーム国」の出現をきっかけに変わった。イスラームとアラブの大義と国益(支配者の私益)の矛盾を糊塗する偽善の世界。それがだれの目にも明らかになり、揺らいでいる。そんな中、サウジアラビアはイスラエルと通商関係を結びました。そして今までイスラエルに対して抵抗運動をつづけてきたパレスチナのハマスをテロリスト呼ばわりして切り捨てて、金になるイスラエルと組もうとしています。これが、いま起きていることです。

9 カリフ制再興

ISILの旗を担いだ「イスラーム国」戦闘員
ISILの旗を担いだ「イスラーム国」戦闘員
出典:Wikipedia/Türkçe: İslam Devleti bayrağı ile bir örgüt üyesi.

カリフ制とは何か。それについてはこれまで私が本やいろんなところで書いてきたことなので、そちらを参照してもらうとして、カリフ制の再興にはどんな意味があるのかについてお話しします。レジュメには、「大地と人類を領域国民国家システムの牢獄から解放するカリフ制」の理念、スペクタクルな「イスラーム国」樹立、カリフ制再興宣言により世界に拡散、と書いてありますが、事実カリフ制という理念は世界に拡散しつつあります。フィリピンにも、ヨーロッパやアメリカにも知られています。ただし、それは「イスラーム国」のイメージとくっついてしまっているので、悪いものとして表象されているわけですけれども。

それでもカリフ制とは何かをちょっとでも調べていくと、本来どんなものなのかが分かります。要するに、今までみんなが目を逸らしていたものが顕在化してきたということです。「イスラーム国」は、人類の啓蒙が不十分な時点で領域支配を行おうとしたのですが、これは時期尚早でした。ですので「イスラーム国」は消滅しますが、一旦広まってしまったカリフ制の理念は消えません。そして第三世界に囲い込まれていた「暴力と差別」が「平等に」「先進国」に拡散するようになりました。本当の意味で「平等な世界」が広まりつつあるのが現代です。

10 「平等な世界」

平等な世界、それは自由民主主義が唱える薔薇色の世界の実現ではなく、むしろ逆です。暴力による強権支配と民族差別による西洋の後進国化という「平等」がいま実現しつつある。西洋の欺瞞と偽善の働きで、右翼(ゼノフォビアとファシズム)が台頭する。トランプや安倍がまさにその象徴です。この本の後書きにも書きましたが、このような状況は政治自体の劣化とも連動しています。

だいじなことは、まずちゃんと現実に向き合うことです。ただの幻想に過ぎないものを真実だと思い込んでいないかどうかをしっかり見る。解決になるかどうかはわかりませんが、そこからしか解決への道は始まりません。世界の未来は、文明の再編の複数の可能性にむかって開かれていまする。西欧が最終的に今まで通りアメリカ、アングロスフィアと結んでいくのか、それともロシアと結んでいくのか。あるいは中東と結んでいくのか。中東と結んでいくと非常に劇的な形でトルコが潰れて、難民がいっぱい入ってくるかもしれない。あるいは中国が世界を征服するか、その場合ユーラシアの端っことして、中国の制覇の一部に乗る形になるかもしれませんけれども。

未来が複数の可能性に開かれているとは、言い換えれば、我々がどうするかに関わっているということです。もちろん人間が個人としてできることは多くはありません。世界は個人の意志ではなくて、文明論的な力学や地政学的な力学、あるいは国家の力学で動いています。文明論とか地政学のレベルで個人ができることは本当に少ない。その中で一番関わりやすいのは国家の部分です。私の立場からすれば、じつは国家なんてものは存在しません。支配者が自分たちの意志を国家の意思だと言っているだけのことです。

ただ国家というのは内部から見ると非常に強い。個人で国家に対抗出来る部分は非常に少ない。しかし、今のように国家自体が文明の再編や地政学の波に吞まれてどこに行っていいのか分からないような状態であれば、国家自体が弱くなっているので、逆説的に個人が担えることや出来ることは増えていると私は思っています。くりかえしになりますが、未来は複数の可能性に開かれており、それは私たちの双肩にかかっている。そして最終的には正しく明るい未来は「カリフ制再興」にしかない。それがこの本全体のメッセージであり、私の解答です。

(構成:田中真知)

次回≫第2回 未来の宗教はどうなるのか? これから世界はどうなるのか?

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プロフィール

中田考
中田考(なかた・こう)

一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム教会理事などを歴任。著書に『イスラームのロジック』(講談社)、『イスラーム法の存立構造』(ナカニシヤ出版)、『イスラーム 生と死と聖戦』(集英社)、『カリフ制再興』(書肆心水)。監修書に『日亜対訳クルアーン』(作品社)。

撮影=野口博

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